第51話


 迷宮はまるで、来る者を拒まぬ化け物が大口を開いているかのようだった。

 半円状の入り口は大きく開放されていて、その左右を監視役らしい二人が固めている。


 その姿を隠していたらしい草は根こそぎ抜き取られていて、そこだけ周囲の空間から隔離されているようだった。

 本来なら背の高い草に隠れていたらしいが、それだと見分けがつきにくかったからこんな風にしているんだろう。


 馬車から降りて地面に杭を打ち、馬をつなぎ止める。

 周囲の草を食めるように紐に余裕を持たせてから、迷宮へとやってくる。


 『戦乙女』の姿を確認した騎士達が、ビシッと敬礼をする。

 なるほど動きがキビキビとしていて、軍隊的な訓練を受けたのが一目でわかる。

 体躯もずいぶんと立派だ。鎧を着て着ぶくれしているのもあるだろうが、背丈もウィドウや俺より高いように思える。


「今って、潜ってるのは騎士達だけなのか?」


「騎士だけじゃないわ。今はとにかくゴーレムを間引いた方がいいからって、自己責任ってことで銀級以上の冒険者なら立ち入り許可は簡単に出るんだって。だからタイラーも問題なく入れるってわけ」


「なるほどな……」


 俺はもっとバシバシに領主軍なんかを動かすもんだと思っていたが、どうやら軍っていうのはそう簡単なものでもないみたいだ。

 何せ他国や他領にも睨みを利かせる必要もあるし、いくら迷宮が見つかったとはいえ、まだ実害が起きてないもののために大量の兵を割くことができないんだと。

 迷宮調査にやってこれる人員も、いいとこ百人ってところらしい。


 おまけに領主軍の動き自体もかなり遅い。

 迷宮にやってくるにはまだ大分時間がかかるみたいだ。


 まあ考えてみれば多分指示を出したり命令書を作ったり兵站を整えたりとか色々するのに手間がかかるのは当たり前のことだ。


 なのでその間のつなぎというか人柱というか……まあ言い方は色々あるが、まだ未踏の地を歩かせて情報を集めるためにも、ある程度冒険者に自由に迷宮を解放しているってことなんだろう。


「お勤めご苦労様です」


「『戦乙女』の皆様も、お疲れ様です」


「エルザお姉様、お疲れ様です!」


 意外なことに、甲冑の内側から聞こえてくる声はどちらも女性のものだった。

 見上げるほどの身長は2メートル近くはあるだろうか。

 これほど巨大な女性となると、純粋な人族ではないだろう。


(巨人族の血でも入ってるのかもしれないな)


 エルフが生き残っているのだから、当然獣人や巨人族達も残っているだろう。

 イラの街ではあまり見ることはないが、この世界には亜人と呼ばれている特徴的な姿をした人間達が数多くいる。


 よくありがちな人間だけを崇拝する宗教が亜人達を迫害……なんてことはなく、どの種族もわりとゆるーっと人間達に馴染んでいた記憶がある。

 それ自体三百年前のものだから、今がどうなのかは知らないけど。


「あら、あなたは……」


 右側の女性から視線を感じたので、とりあえず挨拶しておくことにした。

 ちなみに左側はもっとひどく、明らかに俺に闘気を飛ばしてきている。


 さっきエルザのことをお姉様って言ってた方が左の女性だ。

 もしかしたら俺を、彼女についた悪い虫か何かだと思っているのかもしれない。


「エルザお姉様、彼は?」


「ポーターよ。迷宮探索者にはよくあることでしょ?」


「それは、そうかもしれませんが……」


 迷宮という実入りは多いが危険度も高い場所で、色んなことに神経を張り巡らせるせいで戦闘に支障を来しては元も子もない。


 そのため迷宮を探索する際は、本来のパーティーとは別に斥候役やポーターなんかを雇って負担をなるべく軽減させるというのが、一般的な考え方らしい。

 ちなみに斥候も戦闘をこなせる一流パーティーだと、その例には当てはまらないらしいけど。


「上手く取り入ったのね」


 迷宮に入ろうとしたところで、横からそうささやかれる。

 こんなのを相手にするだけ時間の無駄なので、何も言わずに通り過ぎる。

 すると後ろから露骨に舌打ちの声が聞こえてきた。


 騎士っていうのはもっと品行方正なものだと思ってたが、案外人間味が溢れている人間も多いようだ(マイルドな婉曲表現)。



「なんか初期アイリスみたいなやつだったな」


「しょ、初期アイリスって何よ!?」


 納得いかない様子のアイリスをまあまあとなだめながら、階段を下っていく。


 明らかに魔力の気配を感じるな。多分だがこれは、『収納袋』と同じ類いの技術が使われている。

 空間が歪み、拡張されている。


 ただ何十人という人が入れるような巨大な空間を拡張するのは、『収納袋』を作るのとは訳が違う。

 やはり迷宮は、俺が居た頃の魔法技術で作られているのだろう。

 さしずめ、技術を集約した超巨大な魔道具ってところか……?


 階段を下り終えると、そこにはゲームでしか見たことがないような薄暗い洞穴が広がっていた。


 数十歩も歩くといくつもの分岐路があり、小さい頃に遊びに行った迷路を思い出させる造りになっている。


 そんなことを考えながら洞穴の中を進んでいると、ライザがこちらに振り返る。


「来るよ、二体!」


「事前の打ち合わせ通りに行くわよ!」


 ライザの声かけの後にぬっと現れたのは、明かりに照らされた物言わぬ土の巨人。

 銀級の魔物であるアースゴーレムだ。


 事前に決めていた通り、一体は俺の受け持ちだ。

 せっかくの機会なので、身体強化だけでどこまで戦えるかの実験台になってもらうぞ。

 俺は魔力を一つの流れにまとめ上げ、循環させながら、ゴーレムへと駆けていく――。


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