第50話
「あらタイラー、ずいぶん早いわね」
「五分前行動は社会人の鉄則だからな」
パーティーハウスの中に入ると、エルザが俺を出迎えてくれた。
他のメンバーの姿が見えずキョロキョロしていると、既に外で待機しているという。
家を出ると既にメンバー達は馬車の周りで、思い思いの時間を過ごしていた。
ディスグラドでは俺もかなりきっちりしてる方のはずなんだけど、『戦乙女』の場合はそれ以上だ。
五分前行動していることをドヤ顔していた俺の時間を返してほしい。
「私達、貴族の女性の護衛を頼まれることとかも多いから」
「なるほどな」
皆で馬車に乗り込む。
なぜか俺の席は、馬車のど真ん中になった。
……え、なんで?(素朴な疑問)
「ちょっとタイラー、ウィドウがキツそうだからもうちょっとこっちに寄りなさいよ」
右隣にいるアイリスに腕を引っ張られる。
両腕でがっちりホールドされているから、完全にあててんのよ状態だ。
革鎧を着けているおかげで感触がカチカチなのが少し残念で、同時にありがたくもあった。
「大丈夫だ、むしろアイリスがキツそうだからこっちに来ていいぞ」
「おおっ!?」
アイリスに拘束されて動けないでいると、ウィドウにひっこぬけるんじゃないかという勢いで左腕を引っ張られる。
かなり力任せに引っ張ったらしく、俺は勢い余ってウィドウにダイブする形になる。
「むぐぐ……」
普通なら振り払うと思うんだが、なぜか彼女は俺の背中に手を回し、掴んだまま離してくれない。
振りほどくことを諦めてぐったりすると、なぜか頭を撫でられた。
顔を上げるとそこには、慈母の笑みを浮かべたウィドウの姿がある。
「よしよし、よしよし」
……なるほど、これがバブみというやつか。
ママ風俗にハマってオギャりまくっている吉田の気持ちが、少しだけわかった気がした。
「ちょっとウィドウ、タイラーが困ってるじゃない!」
「そうです、タイラーさん苦しそうです!」
「あんた達、ちょっとは落ち着きなさい……」
エルザは呆れるだけで、ただこの様子を眺めているだけだった。
どうやら彼女には、ママの素養はないようだ。
ルルとアイリス二人がかりで救出されたかと思うとまた左右に引っ張られ、俺はお人形さんの気分を味わいながら馬車に揺られていく。
徒歩じゃなくて馬車なのにも当然理由がある。
ちなみに御者をしているのはライザだ。
馬を御せるのが彼女とウィドウしかいないため、馬車に乗る時は二人で交代しながら先を行くのだという。
街を抜けてからしばらくして人目がなくなったら、俺の魔法の出番だ。
当然ながら今回は、出し惜しみはナシでいく。
「テレポート」
俺もイラの街で冒険者として暮らしてそこそこ長い、当然ながら北のグングリ高原にも行ったことがある。
なので怪しまれないよう街をしっかりと抜けてから、テレポートで大幅にショートカットをしてしまうことにした。
街を出た時間と迷宮に着く時間には若干の齟齬が出るだろうが、まあそこまで気にはされないはずだ。
それよりも道中の警戒で無駄に疲れないことの方がよほど大事だろう。
当然高原の現地にいきなり飛んでは人目が気になるため、人目のない岩陰に転移しておくのも忘れてはいない。
「ふぅ、これでかなり時間短縮ができたな……って、どうしたんだ?」
「やっぱり何度やっても、いきなり景色が変わるのには慣れないわね……」
テレポートを終えると『戦乙女』のメンバーが狐につままれたような顔をしている。
一瞬の浮遊感の後にすぐに景色が切り替わるのって、たしかに俺も慣れるまで時間がかかった記憶がある。
テーマパークとかがないこの世界では、かなり刺激的な体験なんだろう。
「転移魔法って便利すぎるわね……これってルルでも使えるようになるかしら?」
唯一少しだけ落ち着いているエルザが、髪の毛を手ぐしで梳かす。
再び馬車が動き出し始めた。
事前に迷宮の場所は聞いているから、ここからならそう遠くないうちに迷宮にたどり着けるはずだ。
しかし転移魔法がルルでも使えるようになるかどうかは、実は微妙な問題だ。
転移魔法自体は星属性魔法であり、テレポートが使えるようになったのには俺の個人的な資質と前世での研究が多いに関係している。
弟子として一から仕込んだらまた話は変わるかもしれないが……手間がかかりすぎるので、なるべくならそれはしたくないところだ。
「理論上は可能だけど、星属性だからな……ルルの適正次第だろう」
「――はっ! やっぱりタイラーさんは星属性魔法の使い手だったんですね!」
「……まあ、一応な。メルレイアさんと比べたらまだまだだけど」
既に転移魔法が知られてるし、プチメテオを使うところも見られている。
別に隠す必要はないだろう。
なんやかんやでかなり気を許しているという自覚はあるから、もしかしたら俺がここではない別の世界でも暮らしているってことを話すのも、そう遠い話ではないかもしれないな。
「ひひいいいんっ!」
馬がいななきながら、その速度を上げていく。
蹄の音が聞こえてくるほどに踏みしめられた場所まで出たようだ。
ちなみに人間達とは違い、馬の方は何がなんだかよくわかっていないのか、別に驚いたような様子もなく平常運転だった。
ウィドウの膝の上に乗せてもらい、外の様子を確認する。
ここ最近ようやくある程度使えるようになってきた感覚強化を使って、視力を強化する。
ぐんぐんと視力が上がり、ぼやけている遠くの景色が鮮明になっていく。
まず最初に見えたのは騎士らしきごつい男達の甲冑姿。
そしてその奥には、その底を見せないほどの暗闇を湛えた穴があった。
「あれが……迷宮……」
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