第43話


 『戦乙女』が北へ向けてイラの街を出発した。

 当然ながら今回の指名依頼はあくまでも『戦乙女』に出されたものなので、俺は同行していない。


 彼女達には是非と誘われたし、迷宮という言葉にも誘われそうになったが、すんでのところで我慢した。

 俺は我慢のできる男なのだ。この偉さを誰か褒めてくれても、罰は当たらないと思う。


 というわけで俺は、いつものように少し遠出をしてオークを一匹狩って、その金を使って数日だらだらするという日々を送ることにした。


 これぞ冒険者流スローライフというやつだ。


 オーク肉をどう調理するか考えながらのんびりと『可能亭』に帰ってくる。

 時刻はまだ三時を回ったところだが、今日の仕事はもう終わりだ。

 後は一日、まったりと過ごす予定である。


「ふぅ……」


 中に入ると、暇なのかテーブルに座って足をぶらぶらさせているアンナの姿があった。


 この店はアンナと彼女の両親の三人で切り盛りしている。


 アンナはそこにいるだけで人呼びになるからということで受付業務をしている感じだ。

 それ以外の仕事は基本的に両親がしているため、彼女もわりと暇を持て余していることが多い。


 『可能亭』は繁盛店というほどでもないが、閑古鳥が鳴いているというほどでもない。

 なのでそんな感じでも、十分に店は回っているのである。


「あ、タイラーさん! お疲れ様です」


「お疲れって言えるほど仕事してないけどな」


 アンナが立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。

 彼女の姿が、親戚の家でこちらにやってくる小型犬と重なった。


 よしよしと頭を撫でてやると怒られた。

 機嫌を治すために、あめ玉を渡す。


「お……おいひぃれふ~……」


 ころころと彼女が口の中で転がしているのは、俺が日本で買ってきたあめ玉だ。

 ドラッグストアの特売品だった、大量に入っているのになぜか百円ちょっとで買えるフルーツ飴のアソートパックのうちの一粒である。


 色から考えると、味はレモンかパイナップルだろう。

 今まで食べたことがない味がするからか、アンナはとても嬉しそうに飴を頬張っていた。


 わざわざ個包装を剥がして移し替えた甲斐があったなと、俺も赤いあめ玉を口に入れる。

 ちょっと甘酸っぱいイチゴ味の気分だったんだが、舐めてみるとチェリー味だった。

 ……やっぱり好きな味を間違わずに選べる個包装って、最強なんだな。


「なんやかんやいってここ最近は、毎日忙しかったからな……俺にはこれくらいの忙しさがちょうどいいよ」


「私もできればこれくらいの忙しさがいいんですけどね……もう一粒もらってもいいですか?」


 どうやらここ最近は、今後のことも考えてと両親から色々と仕込まされているらしい。

 シーツの張り替えの時にシワが残っていると母さんに怒られるだとか、料理の食材を上手く目利きできないと父さんに怒られるのだという。


 怒られるのって嫌だよな。相手が自分のためにやってくれているのだとわかっていても、嫌なものは嫌なのだ。

 その苦労を思いもう一粒あげると、嬉しそうに舐めたアンナがその酸っぱさに目を白黒させる。

 どうやらさっき食べたのはパイン味で、今回はレモン味を引いたようだ。


「そうだアンナ、ちょっとしたゲームを持ってきたんだが一緒にやらないか?」


「いいですよ?」


 そう言って俺は収納袋から、いかにも高そうな良い匂いのする木箱を取り出した。

 ちょうつがいで二つ折りになっており、開くと内側には中から白と黒の石が入っている。


「なんですか、これ。黒いけど……ひっくり返すと白いです」


 下手に使うわけにもいかないドラゴン討伐で得た金を使うため、俺は悩んだ。

 悩み抜いた末に出した結論が――このリバーシだ!


 この世界にはとにかく娯楽が少なすぎる。

 まので暇な時に時間を潰せるアナログゲーム第一弾として、とりあえずこっちの素材でリバーシを作ってみた。


 木工職人と石工職人と鍛冶職人にあれこれ注文をつけて作ってもらったため、値段はかなり高めだ。


 第二弾としてトランプも制作中なんだが、こちらは製紙技術が高くないせいでかなり難航している状況である。


「こうやって挟まれると、ひっくり返る。そして最後まで石を置いた時に、色が多い方の勝ちだ」


「ふむふむ、なるほど。シンプルですね」


 流石の若さか、アンナはあっという間にルールを理解してくれた。

 やっぱりアンナって、結構地頭良いんだよな。イラの街で俺が接してる子供達と比べても、彼女は頭一つ抜けてる感がある。


「アンナ、実はこのゲームには……必勝法がある」


「そ、そうなんですかっ!?」


 ふふふ、必勝法(角を取ると強い、ちなみに詳しい理屈は知らない)の前に、ひれ伏すがいい!

 俺の知識チートは、ここから始まるのだっ!


 頭の中に革命のファンファーレを鳴り響かせながら、石を置いていく。


 最初の一回は圧勝できた。

 二回目、三回目も問題なく勝てた。

 けれど四回目になると……


「やたっ! 私の勝ちです!」


 俺は負けた。

 五回目、六回目とどんどん負け方が悲惨になっていく。


「やめだやめっ! リバーシもう終わりっ!」


「ええっ、もう一回! もう一回だけやりましょうよ~」


 アンナの懇願に負け、もう一度だけ戦った。

 もちろんめちゃくちゃボロ負けした。


 角が強いんじゃないのか……リバーシのルールは日本と異世界で違うとでもいうのか。

 世界の不条理を嘆かざるを得ないな。


 そして俺の知識チート(角を取ると強い)はアンナの創意工夫の前にもろくも敗れ去り、俺の知識無双は一瞬で終わるのだった……。

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