第42話
「迷……宮……?」
当然ながら俺は、迷宮という言葉は知らないわけではない。
迷宮を使って主人公達を悩ませるハゲの双子の兄弟の存在は知っているし、彼らがなんやかんやでコアな人気があってゲームでは結構な頻度で出てくることだって知っている。
けれど俺はこのディスグラドにおいて、迷宮というものの存在を知らない。
なぜならこの世界には――迷宮などというものは存在していないからだ。
ファンタジー小説であるような、無限に魔物が湧いてくるようなシステムや、強力な魔物が倒すとその死体が消えて宝箱に変わるようなファンタジーなダンジョンなんてものは、この世界には存在していない。
いや、存在していなかった……というべきなのか?
少なくとも俺の前世の頃には、そんな不可思議なものは影も形もなかったはずだ。
「その迷宮っていうのはあれか? アイアンゴーレムが湧き出てくる場所は鉄鉱山のような扱いを受けたり、その迷宮の周辺に人が集まることで迷宮都市に発展したりするようなあれのことか?」
「なんだ、知ってるんじゃない」
こちらに身を乗り出して説明したくてうずうずしていた様子のアイリスが、ぶすっとつまらなそうに頬を膨らませる。
どうやらこちらの世界の迷宮は、俺が現代日本で呼んでいるようなファンタジーなものと似たような造りになっているらしい。
その数は十を超え、迷宮はそのほとんどが一つの産業として王や大貴族達の直轄地になっているということだった。
「迷宮か……」
「タイラーさんも潜りたいんですか?」
「俺か? ……そうだな、一度くらい潜ってみてもいいか……」
「あら、出不精のタイラーにしては珍しいのね」
エルザの言葉を右の耳から左の耳に聞き流している間にも、俺の思考は高速で回転していた。
(いや、やっぱり……どう考えてもおかしいだろ)
小説の中に出てくるような機構を持った迷宮というものは、この世界において再現することはまず間違いなく不可能だ。
魔物は大量の魔力だけでは生み出すことはできない。
当時の技術では、魔物の人工生産は不可能だったはずだ。
当然ながら魔物の死骸を有用なものの入った宝箱に変えたりすることも不可能だった。
魔法はあくまでも体系化された一つの技術であって、なんでもできるように見せかける手品や奇術の類いではないからだ。
と、いうことは……とそこまで考えたところで、俺は今まで見落としていたある事実に気付く。
(このキャメロン王国は、俺が死んだ後も当然ながら発展を遂げていたはずだ。恐らくダンジョンは俺の死後に誰かが成し遂げたなんらかの研究成果なのだろう。だがだとしたら……三百年後のこの世界では、なぜこれほどまでに魔法技術が廃れてしまっているんだ?)
考えてみると、俺はディスグラドにやってくるようになってからというもの、こちら側の歴史についてまったく知ろうとしていなかった。
ルル経由で師匠の話を聞かせてもらっただけで、完全に満足してたからな。
だがよく考えてみると、現状はおかしなことも多いのだ。
通常技術や知識というのは、長い歴史をかけて積み重ねられていくものだ。
俺の頃にだって各種論文や技術書を保存するために、高度な状態維持のかけられた魔導図書館が設立されていたし、経年劣化することない書物はそこら中にあった。
キャメロン王国が余所から滅ぼされて完全に技術が死んだということならまだ理解はできるが、少なくともこの国は以前の国体を護持したままである。
魔法技術
「どうかしたんですか、タイラーさん?」
「……いや、大したことじゃないよ」
ゆっくりと衰退している魔法技術に関しては、ノータッチを決め込んでしまおう。
技術そのものという規模がデカすぎる話だし、恐らくその根はかなり深い。
まず間違いなく面倒ごとになるだろうし、そもそもが俺一人がどうこうしたところでなんとかなる話でもないだろうから。君子危うきに近寄らずというやつだ。
何せ俺が住んできた国では事なかれ主義ってのが主流でね。
俺はただ平穏無事に暮らすことができれば、それでいいのさ。
けど冒険者として生きていく以上、迷宮に関しては一度詳しく実地調査がしたいところだ。
(というか……宝箱めっちゃ開けたい! だって俺、男の子だもん!)
宝箱があるって話だから、もしかしたらミミックもいるかもしれない。
俺、トル○コのダンジョンとか好きなんだよ。
あ、ちなみにトル○コ自体はあんまり好きじゃない。
だってよく転んでこちらをイラつかせてくるくせに、嫁さんがめっちゃ美人だから。
「ダンジョンか……もしダンジョンがあったら、俺も一度行かせてもらおうかな」
「よし、それならダンジョンを見つけに行かなくちゃね!」
「もしただのゴーレムの大量発生だったとしても、迷宮都市に行ってダンジョンを探索してみるのもいいかもしれないな」
張り切るアイリスとウィドウを、逸るんじゃありませんとエルザがたしなめる。
ルルはぼうっと天井を見上げて何か考え事をしていて、ライザは少し物足りなかったのか何も乗っていない皿を悲しそうな表情で見つめていた。
「そういえばタイラー。こないだもらったあのワガシってやつ、またくれないかしら? 流石にタダでとは言わないから、きちんとお金は渡すわよ」
「和菓子か、ストックあったかな……」
『収納袋』をごそごそしていると、疲れた時に食べようと思っていた水ようかんの袋が出てくる。前の獅子屋のとは違い、スーパーで買える五個入りワンセットのリーズナブルなやつだ。
めちゃくちゃプラスチック容器に入っていたためそのまま出すわけにもいかず、一度キッチンで器に開けてから持っていく。
もちろんそのまえに、水魔法で冷やしておくのも忘れない。
「何これ……?」
俺が説明をするまでもなく、アイリスが自慢げに話をしだした。
彼女の言葉に目を輝かせた皆に水ようかんを振る舞うと、全員がその虜になったのは、言うまでないことである。
そして俺は彼女達に和菓子の定期購入を約束することになるのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます