第40話
結局彼女達のたっての希望(特に目の色を変えていたルルが強く主張した)で、俺は彼女達を屋敷に泊めることになった。
別に部屋に空きはあるし、屋敷の中ならどれだけ見られても大した問題にはならない。
というわけで俺の方でも快諾し、ゆっくりとくつろいでもらうことにした。
昼は既に済ませているということだったので、夜は皆で一緒に食べるという約束だけ決めておいて。
それまでの時間は、各自で自由に過ごしてもらう。
案内も一段落した俺は、アイリスと一緒に卓を囲んで茶を飲んでいた。
「しっかしあんた、まさかこんな秘密を抱えてたなんてね……」
「驚いたか?」
「もちろん、驚いたなんてものじゃないわ。いわゆる球を上に投げられた気分ってやつね」
キャメロン王国の慣用句を口にしながら、窓の外を見つめるアイリス。
普段の彼女はその切れ長な瞳のせいか鋭利な刃物のような印象を与えることが多い。
けれど茶を飲んで少し落ち着いているからか、こころなしかリラックスしているように見える。
「これって、紅茶……じゃないわよね?」
「ああ、緑茶って言ってな。まだ葉が緑のうちに蒸して作るんだ」
「なるほど、若葉だからちょっと苦いのね……でも、嫌いじゃないわ」
俺がズズズと音を鳴らしながら飲むと、キッと睨まれる。
緑茶飲みではこうやって飲むのがスタンダードなんだよと教えると、そんなわけないじゃないと一蹴された。
俺、別に嘘ついてないんだけどな……。
窓の外には、規模こそ小さいものの畑が広がっている。
そこには地面一杯に張り巡らされた魔法陣が広がっており、それらの中央には実をたわわに実らせたトマトとナスが並んでいた。
この屋敷では基本的に、食料は自給自足できるようになっている。
外に見える結界魔法による温度調節と魔法陣による促成栽培の野菜畑も、食料生産施設のうちの一つだ。
前世の俺は、いわゆる引きこもり体質だった(残念なことに、この気質は今世の俺にも受け継がれている)。
昔の俺は一つ疑問が浮かんできたら、それが解決するまで他のことを考えられなくなってしまうのだ。
自分でもどうかと思うが、そのことだけで頭がいっぱいになり、俺は睡眠や食事すらおろそかにしていた。
魔導ゴーレムが水やりをしている外の畑は、屋敷の外に物資を調達するのもめんどくさがったものぐさのたまものだったりする。
「こんな家に住んでたら、宿に戻ろうとしないのも頷けるわ」
「そうか? 別に大したもんじゃないと思うけどな。『可能亭』は良い宿だぞ。……まあ、素泊まり以外の料金は払わないんだけどな!」
「タイラー、やっぱりあんた、変わってるわね……」
俺の秘密を打ち明けても、『戦乙女』の俺への態度は驚くほどに変わらなかった。
もちろんアイリスもそうだ。
もっとも、少し驚いてはいるらしいから、まったく衝撃を受けてないってわけでもないみたいだが。
「実は私達、事前にあなたが抱える秘密がどんなものなのかを話し合っていたのよ」
「ほう、そうだったのか」
たしかに冒険者ギルドでの依頼の討伐記録と宿の宿泊記録を付き合わせれば、俺がどこかで外泊しているというのはすぐにわかる。
今まではわざわざ俺のことを調べようとする物好きなんていなかったからバレてなかったが、彼女達なら調査するのもそんなに難しくはなかったことだろう。
しかし俺の秘密か……。
あんまり変なこと言われてないといいんだが。
「スパイにしては迂闊過ぎるし、騎士にしては所作や態度がなってない。だからおおよそ、事情があって国を追い出された流れの魔法使いだろうってことになってたのよ」
「うーん……俺のこと、ちょっと美化しすぎじゃないか? 別にそんな大した男じゃないぞ」
ていうか散々な言われようだな。うかつすぎとか、所作がなってないとか……。
にしてもなんだよ、スパイとか騎士とか訳あり魔術師とって……いや、最後のは合ってるのか。
「もちろんもっとすごいのもあったわよ。たとえばウィドウなんかは、あんたがここではない別世界からやってきた魔術師なんじゃないかなんて言ってたわね。まぁ、そんなことあるわけないけど」
「は、ははは……」
ウィドウ、鋭いな……。
まさかの正解も出ていた。
俺としてはとりあえず苦笑することしかできない。
「おかわりもらっていい?」
「ああ、茶菓子も出すぞ」
「ありがと……って何これ、お花!?」
「これは和菓子って言ってだな……」
俺は獅子屋で買ってきた生菓子(一個四百円、高ぇ……)をアイリスと一緒に舌鼓を打ち、夜飯までの小腹を満たすのだった。
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