第39話


 イラの街に帰らなかったのは、日本時間に換算するとたったの一週間程度だ。


 俺は根無し草な冒険者なわけだし、一週間くらい戻らなくても何も問題はないと思っていた。

 けどどうやら、俺がこの世界で築き上げてきたものというのは自分で想像していたよりも多いらしい。


 これほどまでに俺のことを心配してくれている人がいてくれるということはきっと、幸せなことなのだろう。


「だから言っているでしょタイラー、そもそもの話、どこかに出かけるときはしっかりと事前の報連相をね……」


 俺は延々と続くアイリスの説教を聞きながら遠い目をして、そんなことを考えていた。

 人はこれを、現実逃避という。

 ……早く説教、終わらないかなぁ……。





 当然だが、ありがたいと思う気持ちは嘘じゃない。

 こっちで俺のことを心配してくれるアンナやアイリス達には、本当に感謝している。


 『収納袋』を預けるくらいには信頼もしているわけだし。

 だからこそ俺はこんな風にも思うのだ。


 果たして彼女達に、全てを隠したままでいいのだろうか……と。


 きっとなんやかんやで、今後ディスグラドを長期間空けるようなことだってあるだろうし。


 自分で言うのもなんだが俺はうかつなので、今後もまったくバレることなくごまかし続けることは難しいような気がしている。


 なので俺は、アイリスからの説教が終わり、次にエルザからのお小言に移行している間にある決意を固めるのだった。






 チャンスは、思っていたよりも早くやってきた。

 しっかりと守ってくれていた『収納袋』を渡しながら、アイリスが俺に質問をぶつけてきたのだ。


「というかタイラー、あんたこの一週間どこに行ってたのよ?」


「――ちょっとアイリス、それは聞かない約束だったでしょう!」


 どうやら『戦乙女』の中でも、色々と俺に対する取り決めがあったようだ。

 たしかに考えてみればドラゴンを倒せたり星属性魔法を使えたりと、俺は色々と謎が多い。

 普通なら気になって根掘り葉掘り聞いてしまうだろう。


 けれどお互いつかず離れずというか、互いの事情に詮索しないというのが冒険者の不文律である。

 冒険者の中には別の国で犯罪者だったようなやつや、かつての身分を捨ててやってきた元貴族の人間なんてのもザラにいたりする。

 知らぬが仏ということも、わりと多いのだ。


「いやエルザ、いいんだ。俺的にもちょうどいいタイミングだと思ってたし」


 けれど俺は一歩、踏み出してみることにした。

 全てを隠したままで生きていくというのは、やっぱりちょっとだけ生きづらい。


 だから今後とも仲良くしていきたいと思っている彼女達に、俺は自分の秘密を共有する決意を固めていたのだ。


 ぐるりとテーブルを見渡す。


 エルザ、アイリス、ウィドウ、ルル、ライザ。


 全員とそこまで深い仲なわけじゃないが、それでも俺がこの異世界で一番信頼できるのは彼女達『戦乙女』だ。


 なので今回は俺から、胸襟を開かせてもらうことにしよう。


「実は俺、ここじゃないところに屋敷を持ってるんだよ。もしよければ、来るか?」


「タイラーの……」


「屋敷……」


「行きたいです!」


 はっきりに言葉に出したのはルルだけだったが、他の皆もその顔を見れば内心でどう思っているかはすぐにわかった。


 一気に六人で転移するのはちょっと時間がかかるので、しっかりと意識を集中させて……っと。


「――テレポート」



 世界が白く染まり、意識に一瞬の空白が生まれる。

 再び世界が色を取り戻した時、そこは――前世で俺が暮らしてきた屋敷の中だった。


 ……流石に、日本に連れてけるほど勇者じゃない。

 けどまぁ……ビビりな俺にしては、結構勇気を出したつもりだぜ?



「す、すご……」


「なんだ、この豪邸は……」


 別に意識してやったわけじゃないんだが、テレポートでやって来た場所は屋敷の正面玄関だった。


 前世で俺が使っていたこの屋敷。

 何度か足を運んではいるがあまり長いこと滞在していないこともあって、なんだか俺も新鮮な感じがする。


 ドアを開いて屋敷に入れば、まず最初に見えるのは大広間だ。

 大広間の中央には、俺たち六人が横になっても歩けるだけの横幅がある大きな階段がデデンと鎮座している。


 途中で左右に分かれる造りになっていて、左に行けば魔道具作りのための素材置き場や未完成のガラクタ置き場に、右に行けば論文執筆のための書庫や仕事部屋、寝室などにつながっている。


「すごい……実家より大きいし綺麗だ……」


「エルザと実家と比べてもって……タイラーって金持ちなんだねぇ」


 エルザも思わずお嬢様発言が飛び出るくらいに驚いており、それを聞いたライザが目を輝かせる。


 もしかするとライザは、伴侶に経済力とかを求めるタイプなのかもしれない。

 普段の明るい感じからすると少し意外だが、案外しっかりものだったりしてな。


「残念なことに、万年金欠だよ。こないだなんか、飯を買う金すらなくなりかけた」


「ありゃりゃ……」


「もし本当にお金がなくなったら奢ってあげるから、安心してくれていいぞ!」


 ヒモに貢ぐダメ女のようなことを言うウィドウに苦笑しながら、屋敷の中を皆に案内していく。


 不思議なもので少し頭を働かせるだけで屋敷のことは簡単に思い出せる。

 前世の記憶だって言うのに、なかなかどうして不思議なもんだ。


 一通り案内をしていると、ウィドウが嫁いびりをする姑のように手すりに指の腹を当てて、スッと擦る。当然ながら指には、埃の一つもついていない。


 家事に一家言あるウィドウとしては、ピカピカな手すりを見てどうにも思うところがあったらしい。


「きちんと掃除が行き渡ってるけど、タイラーは家政婦でも雇ってるのか? さっきはお金ないって言ってたけど」


「いや、そんな金はない。なので掃除用のゴーレムを動かしてるんだよ。ほれ、あそこ」


 手すりの向こう側、階段を隔てた奥の方にいる小さな球形のゴーレム。

 球からは小さな手が伸びていて、そこには二枚の雑巾が固定されている。


「タイラー、あなた……いや、なんでもないわ」


 色々と言いたいことがあった様子だったが、エルザはうなだれてそのまま口を噤んだ。

 こうして無事に俺の屋敷のお披露目会は終了する。


 いざ一歩踏み出す時は緊張したが、家に呼んでからはわりとリラックスして話ができたと思う。


 今後も定期的にこちらの家で生活をするから、何日か帰らなくても心配しなくていい。

 俺はそう言って皆を納得させることに成功するのだった。


 ていうか、ほとんど来なかったからうっかり忘れてたけど、次からどっかに遠出する時は『収納袋』は屋敷に置いておいた方が無難だな。

 それにこっちの方ができることも多いから、ルルとの魔道具作りは屋敷ですることにしよう。


 屋敷の使い方について色々と考えながらも、自分の秘密を少し打ち明けることができて、心の重荷が取れたような気がするのだった――。





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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


第二部はこれにて完結です!




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