第36話


 ガルの森でのダブルワーク(朝昼探索夜テレワークという地獄のような二重労働)を終えた俺は、完全にクタクタになってしまっていた。


 こればっかりはもう二度としないと決めていたのに……まあ、なんやかんや知り合いに頼まれると断れない、俺のことなかれ主義のせいなんだけど。


 以前に『戦乙女』と一緒にガルの森の最深部まで行った時と比べると日数は大分短かったが、前回とは色々と状況が違う。


 何せ今回は二人と一匹で全てを賄わなくてはいけなかったからさ。

 夜番は睡眠時間をほとんど必要としないカリカチュアに任せれば良かったが、今回は俺もがっつりと戦闘しなければいけない場面も多かった。


 警戒に関しても俺がしなくちゃいけなかったしな。

 パソコンを置いたままでも席を立てる治安の良い日本での生活に慣れていると、全方位に警戒しなくちゃいけない生活というのはとんでもなく疲れる。


 ライザが警戒をしてくれていた時とは雲泥の差だった。

 今度彼女に、斥候のやり方や気配の察知方法を教えてもらいたいな。


 睡眠時間は取れたけど、心労はあの時の比ではなかった。


 更に言えば今回はアイーダに『収納袋』を気取られることがないように、敢えて普通のリュックを持っていったのもマズかった(ちなみに『収納袋』の方は、盗難が怖いので『戦乙女』のところに預けている)。


 現代日本の便利アイテムも禁止されるし、とにかくテントが重いのなんの。

 物資もかなり限られた状態でやりくりちゃいけなかったし……。


 普通の冒険者はこんなにすごいことを平然とやってるのかと、内心で感心しちゃったよ。

 そんな生活を十日近く続けたことで、正直なところ俺は心身共に限界が近付いていた。


 アイーダとカリカチュアを引き連れて依頼の達成報告を済ませてから、俺は人目につかないところでテレポートの魔法を使って自宅に戻り……そのままぶっ倒れた。


 そして日本に戻ったら……夕方だった。

 気絶するように眠ってから起きたら、なぜか既に空が暮れ始めていたのだ。


 流石にビビったよ。つまり俺は――丸一日眠っていたのである!


 ここまで疲れたのは、果たして何時ぶりだろうか。

 大学の同級生と徹夜で麻雀をして昼頃に家に戻ってきた二十歳くらいぶりな気がするぞ。


「ミーシャの頼みだろうがなんだろうが、もう二度と日数のかかる依頼なんてしないぞ……」


 そう固く誓った俺は、ご飯を作ってから寝ようと横になった。

 しかし眠りすぎたせいでなかなか寝付けず、結局夜更けまで目が冴えてしまい睡眠不足になってしまうのだった――。




 俺は疲れを取るために、しばらくの間充電期間を取らせてもらうことにした。

 精神的な疲れがひどいので、しばらく働きたくはない。

 テレワークも振られた仕事を最低限だけやり、後は自由にさせてもらうことにした。


 そんな風に家から出ることなく過ごすこと、一週間。

 俺は家を出たくない症候群を発症してしまっていた。



 コンビニに物を買いに出かけるのさえお億劫で、飯はもっぱら冷凍パスタと解凍した米。

 ビタミンはサプリメントで補いながら、高価な配達は頼まずに日々を過ごす。


 けれど日に日に出社の日が近付いてくる。

 それにもう食料も心許なくなってきているし、長いことディスグラドに戻ってもいないから『戦乙女』のメンバーにも心配されているかもしれない。


 さて、どうするか……。

 これは一種のサバイバルだなと思いながらスマホを眺めていると、ぴこんという通知がやってくる。


 誰かと思い見てみると、そこにはichikaと書かれていた。

 ……なんだ、いちかか。

 内容を見てみると、


『今すぐ来てください! 大至急!』


 というメッセージの後に、よくわからない熊みたいな生き物のスタンプが。


「……これも良い機会か」


 このままだと外に出れなくなってしまう可能性が微レ存(死語)だったので、俺は気合いを入れて外へ出ることにした。


 会社の最寄りまで行くのは面倒だが、かわいい後輩の頼みだ。

 それを聞くのは先輩の務めというやつである。


 え、もし五反田から同じメッセージが送られたらどうしてたかって?

 それは……ノーコメントで。






 前回の反省を踏まえ、俺はチェーン店の居酒屋ではない店にすることにした。


 最寄り駅より更に繁華街に行くことに決め、向かった先は甘谷にあるアクアリウムダイニング。

 魚が泳いでいる光景を見ながらご飯を食べるという、なんというかSNS映えしそうな場所だ。


 中に入ると、既にいちかは席についていた。

 彼女はおっかなびっくりやってきた俺を見るなり、


「『女の子ってこういうお店好きだろうな』って頑張った感がすごいです、先輩」


「……そ、そんなことないけど?」


 一生懸命選んだのが、一瞬でバレた。

 いちか、あんた鋭いわねぇ……(オカマ口調)。


「でも頑張ってくれてるってところは、素直にポイント高いですよ」


 そう言ってはにかむいちかの笑顔を見た感じ、どうやら及第点くらいはもらえているようだった。


「そういえばどうしたんだよ、急に呼び出して」


「先輩、聞いてくださいよ~っ」


「聞く聞く、でもその前に注文な」


 酒を飲みながら、いちかの愚痴を聞いてやることにした。

 どうやら相当溜まってるらしく、息継ぎなしで一杯目を飲み干してしまっていた。

 今夜は、長い戦いになりそうだな。



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