第35話


「な、なにを……」


 その狼狽っぷりを見て、自分の予想がそう外れていないことを確信する。

 これが勘違いだったら完全に痛いやつだっただろうから、助かったよ。


「いや安心してくれ。別にそれでも構わないんだ。むしろ俺的には、評価が落ちた方がいいまであるからな」


 この指名依頼から感じていた違和感。


 額面上ただの銀ランク魔術師である俺が向かうには、ガルの森の中部というのは危険な場所だ。


 けれど彼女はそんな俺に同行を求めた。

 下手したら死んでしまってもおかしくない場所に。

 というか彼女の本来の狙いからすると、ここで死んでしまってもいいとすら思っていたのかもしれない。


 その違和感の正体というのは、つまるところ……アンガーエイプであるカリカチュアを、同じアンガーエイプ達のいる森へと還してやることに帰結する。


 今回の一連の出来事は、すべてそのために仕組まれていたものってわけだ。

 

「私だって……返したくなんかないさ。でも、団長が……」


 しらばっくれる気がなくなったからか、ぶっきらぼうにそう吐き捨てる。


 どうやら彼女自身、カリカチュアと別れたくはないようだ。

 けれど彼女が所属しているサーカス団『ボンソルノ一座』の団長のピエロは、カリカチュアを手放す判断をしたようだ。


 団長からすると魔獣使いのアイーダには、もっとライオンや豹の魔物のような、いかにも猛獣と言った見た目の魔物を使ってほしいらしい。


 まあたしかに俺が知ってる現代サーカスも、使う生き物はライオンとかゾウみたいなインパクトある種類が多いしな。


 俺、ライオンの火の輪くぐりとか結構好きだぜ。

 なんでも昨今は動物虐待とか言われるせいであまりできなくなってるらしいけどさ。


 っと、話を戻して。

 やっぱりアンガーエイプだけでは芸の幅が狭く、できることが限られているらしい。


 現在アイーダとカリカチュアがやっているのは、権力者に扮したカリカチュアが行う滑稽な見世物なのだという。


 なんでも各地での伝承を参考にして、その地域地域で扮する人物を変えているらしい。

 中には明らかに現行の領主なんかをもじっていることもあるようだ。

 ギリギリのラインを攻めているおかげで、未だ苦情をつけられたことはないんだと。


 ……悔しいけど、ちょっと面白そうだ。

 事前に知ってれば、俺もサーカス見に行ったのにな。


「たしかに銀ランク魔術師ならアンガーエイプとまともに戦うこともできないだろうからな。カリカチュアがガルの森に消えていったら、全部俺の責任にしようとしたのか?」


「別にそこまであくどいことは考えてないさ。ただ目撃者がいれば、私が強引に捨てたってことにはならないだろうから」


 どこか吹っ切れた様子で、アイーダは小さく笑う。

 道中ではどこか疲れ、塞ぎ込んでいる様子だったが、今はずいぶんとあっけらかんとしているように見える。

 もはや企みを隠すつもりすらないようだ。


「なんで俺に、全部話す気になったんだ?」


「なんでだろうね。でもきっと……こんな下らない企みをしてる自分が、馬鹿らしくなったんだよ。カリカチュアも皆のところへ帰ったことだし、私も新しい……」


「いや、アイーダ。決意を決めたところ大変申し訳ないんだが……」


 俺の人差し指が指し示す先。

 カリカチュアが囲まれているアンガーエイプの群れが……割れる。


 ドゴオッ!!


「――ッキイッ!!」


 爆音が鳴ったかと思うと、囲んでいたアンガーエイプのうちの一匹がバウンドしながら地面を吹っ飛んでいく。


 味方であるはずのアンガーエイプをぶん殴ったのは、真ん中に立っていたカリカチュアだった。


 あいつは手を振り回し、鞭のようにして次々と同胞であるはずのアンガーエイプを沈めていく。

 そして群れをあっという間に倒してしまい、こちらに戻ってきた。


「お、お前、どうして……」


「ウキッ!」



 カリカチュアは鳴きながら、キュッとアイーダに抱きつき、目を細める。


 ――まるで自分の帰ってくる場所はここだ、とでも言うように。


「カリカチュア……」


 抱き合う人と猿。

 アイーダは半泣きになっていて、周囲への警戒も完全におろそかになっている。


 その感動的な再会を邪魔するのもあれかと思い、俺が代わりに警戒を続けておくことにした。


「なんだかなぁ……」


 本当なら危険な場所に連れてこられたことを怒るべきなんだろうが。

 カリカチュアを抱きしめながら半泣きになっているアイーダを見ると彼女を責める気にもなれず。

 俺は感情の行き場をなくし、空を仰ぐのだった――。






 結局のところ、カリカチュアはアイーダから離れるつもりはないらしかった。


 アイーダの方もかなり情が移っているようで、二度とあんなことはしないと断言していたし、きっと彼女達はずっと一緒に時を過ごしていくんだろう。


「カリカチュアを自然に放せなんて馬鹿なことを言うやつのところでは働けないね!」


 イラの街へと戻る頃にはアイーダも覚悟を決めていたようで、彼女はなんとサーカス団を辞めてしまった。


 何をするのか聞いてみると、彼女はしばらく止めていた冒険者稼業を再開させるということだった。

 テイマーとして、カリカチュアのことをテイムした魔物――従魔として登録してやっていくつもりなのだという。


 まあなんやかんや、収まるべくところに収まったって感じになるんだろうか。


 え、俺の指名依頼はどうなったのかって?


 ――無事成功扱いになって、ギルドからの評価が上がっちまったよ!


 なんとかして金ランクにはいかないよう、評価を下げなくっちゃいけない。


 どうしよう、カリカチュアに俺の滑稽劇でも踊ってもらうことにしようかな……。






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