第34話


 依頼を受けたら、早速次の日に依頼をこなすことになってしまった。


 受けたことを若干後悔しながら約束の場所であるガルの森の入り口へやってくるとそこには……とんでもなくケバケバしい見た目の女がいた。

 隣にいる凶悪な顔つきをした猿の姿から見ても、彼女が依頼主とみて間違いないだろう。


「私が依頼主のアイーダだ、よろしく頼む」


「お、おぉ……」


 そう言ってこちらにぺこりと頭を下げる様子があまりにも堂に入りすぎていたため、思わず言葉に詰まる。


 ……流石サーカスの団員だな。思わず惚れ惚れするようなお辞儀だ。


 そして見た目も、なんとも派手で一目を引く。


 右目には虎の刺繍の施された眼帯をしており、その髪は燃え上がるような赤。

 上は身体の凹凸が出るようなぴっちりとしたボディスーツを身に付けていて、その下に履いているのは光沢のある紫のホットパンツ。


 は、派手だ……。

 でも上げられた顔をよく見てみると、アイーダの顔立ち自体はよくも悪くもかなり素朴だ。


 ディスグラドの人はちょっと彫りが深めだから、どちらかというとアジア系に近い顔立ちなので、ちょっとだけ親近感が湧いてくる。


「……ん? あたしの顔に何かついてるかい?」


「ついてるといえばついてるな……眼帯が」


「ああなんだ。ちなみにこれ伊達眼帯だから、安心してくれていいよ」


「……ありもしない言葉を作らないでくれ。頭おかしなるで」


「頭おかし……?」


 アイーダが首を傾げるとそれに合わせて猿の方も首を傾げた。

 どうやらしっかりと調教してあるらしく、俺の方を見ても襲いかかるようなこともなく静かに待てをしている。


「偉いな、よしよ……」


 パシッ!


 お利口さんに待ってくれているアンガーエイプの頭を撫でてやろうとすると、思いっきり手を叩かれた。

 そしてこちらを見て……フッと鼻で笑ってきた。


 ――ぬっころすぞ、このエテ公が!(精一杯のマイルド表現)


「それで、こっちがアンガーエイプのカリカチュアだ」


 なん……だと……?

 こいつ、いい名前持ってやがる……。


「じゃあ知ってるとは思うが、改めて自己紹介を。銀ランク冒険者のタイラーだ、よろしく頼む」


「……ああ、よろしく頼むよ」


 さっきから快活そうな言動の彼女にしては、なんだか歯切れの悪い物言いだ。

 やっぱり、どうにも怪しいな……。


 まあ、いいか。

 俺はいざとなったら大義名分をつけてカリカチュアをボコボコにしてやろうと心に決めて、依頼人と一緒にガルの森へと入っていくのだった――。




 アンガーエイプというのは、銀ランクの魔物だ。

 なのでその戦闘能力は、ガルの森の魔物を蹴散らせる程度には高い。


「ガルの森をある程度深くまで行くと、アンガーエイプが出てくるようになるんだろ? とりあえずそこまで行くのを目標にしたくてね」


「そうか、俺も戦闘に混ざった方がいいか?」


「平気さ、カリカチュアは強いから」


 話をする俺たちの目の前で、カリカチュアが腕を振り下ろしてポイズンリザードを叩き潰していた。

 アンガーエイプの主な攻撃方法は、怒りの形相で叩き込む力任せのパンチだ。


 その威力は鉄板をへこませるほど高いため、こいつを相手にする場合は下手に近付かずに投げナイフなりなんなりで削るのが一般的な倒し方になる。


「私も一応、銀ランクの冒険者でね。足手まといになるつもりはないよ」


「そうか……」


 なぜアイーダがわざわざ俺に指名依頼を出したのか。

 その理由を考えながら適当に相づちを打っているうちに、あっという間に戦闘は終わった。


 アイーダがごほうびとして果物をやると、カリカチュアはウキウキ言いながら嬉しそうに果実を食べている。


 なるほど、こいつは果物が好きなのか。

 いざという時のために、覚えておくことにしよう。


 しかし、アンガーエイプが出てくるところまで、か……。

 なんとなくだけど、アイーダの絵図が読めてきたような気がするな。





 探索を続けること五日ほど。

 全てをカリカチュアが力尽くで突破してくれるのと、俺が一度踏破しているために土地勘があるのも相まって、以前『戦乙女』と来た時と比べるとかなりスムーズに中部へとやってくることができた。


 以前もアンガーエイプとは戦った経験があったことを思い出し、当時の記憶を探りながら探索を続けていく。


「しっかしタイラー、あんた魔術師にしてはタフだねぇ……」


「ここ最近身体強化を覚えてな。おかげで探索がずいぶん楽になったよ」


 疲れが取れていないのか、どこか憔悴している様子のアイーダ。

 彼女は日を追うごとに元気をなくしており、既にかなり気が滅入っている様子だ。


 銀ランク冒険者であり、しかも戦闘はほとんどカリカチュアが行っている。

 そのため彼女の疲れには、別の原因がある。

 その原因とは、恐らく……


「見えたぞ、アンガーエイプだ」


 視線の先に現れた、アンガーエイプの群れ。

 合わせて五匹ほどいるカリカチュアの同種族を前にして、アイーダがごくりと息を飲むのがわかった。


 アイーダが戦闘態勢に入る。

 けれどそれは明らかに形だけのもので、彼女にはみじんも戦う気がないことはすぐにわかった。

 なので俺も少し離れたところから、様子を見守らせてもらうことにする。


 カリカチュアが同胞を見つけ、鳴き声を上げる。

 するとそれに答えるように、アンガーエイプ達もキィキィと鳴き始めた。


 カリカチュアが近付いていき、アンガーエイプ達の方へ近付いていく。

 それを迎え入れるかのようにアンガーエイプ達が半円を作り始めた。


 その様子をジッと凝視していたアイーダ。

 隣にいる俺には、彼女の目が潤んでいるのがわかった。


「――カリカチュアを森に返して、その責任を俺になすりつける……そうなんだろ、アイーダ?」


「――っ!?」


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