第33話


 一昨日、俺は結局一人でハイボール缶を四本飲みきってから酒が足りなくなり、近くにあるコンビニでつまみと酒を買い足した。


 そんなことをすれば当然、恐ろしいほどの二日酔いに襲われる。


 これは生命の神秘なのだが、恐ろしいことに二日酔いはなぜか回復魔法で治すことができない。


 魔法を使えば頭の痛みや身体のだるさが一瞬は消えてくれるのだが、しばらくするとまただるくなってきてしまうのだ。


 恐らくは身体全身に回っている毒素を完全に抜くことができないから、このような自体になるのだろう。


 なのでたとえ練達の魔術師であったとしても、二日酔いからは逃れられない(とは言っても師匠の場合は、馬鹿げた魔力量に飽かせて毎分回復魔法を使うことで強引になんとかしてたけど)。


 俺程度の魔術師にはそんな芸当は不可能なので、せいぜい二日酔いを軽くすることくらいしかできない。

 なので潰れた次の日は、完全に復活するまでには時間がかかってしまうのだ。


 昨日一人でやりあげてから起きると、時刻は既に午後一時になっていた。


 夜通し酒を飲んで次の日の午後に起きた時、人間というのはその日何かをやろうという活力を全て失うようにできている。


 昨日も本当なら訓練がてら適当に依頼をこなしながら身体強化の練習をようと思っていたのだが、一日の予定は完全にパーになった。

 なので俺は昨日、マジで何もしなかった。


 俺はネットサーフィンを見ながら余ったつまみを食べ、登録している配信者の動画を見て、ごろごろしながら最近流行のメロンゲームをちょっとだけやって、気付いたら夜になっていたので寝た。

 ここまで無為な時間を過ごすと、流石に罪悪感が湧いてくる。


 なので俺はベッド脇にあった時間術の本を読んで飲酒の愚かさについて悟り、そして二度と酒など飲むまいと誓って眠った。


 次の日、気分を一新した俺は元気いっぱい冒険者ギルドへとやってきた。


「実はタイラーさんに、指名依頼が来ているんです」


「……ミーシャ、ごめん。多分俺の聞き間違いだ、もう一回言ってくれ」


 俺はまだ二日酔いが残っていたかと思い、眉間をよくマッサージして、そして小指で耳の穴を気持ち綺麗に掃除してからミーシャの言葉を待った。


「ですから、タイラーさんに指名依頼が来ているんですってば」


「聞き間違いではない……だと……?」


「聞き間違いじゃないですって(呆れ)」


 俺は目立たず普通でいることをモットーに暮らしてきたはずだ。

 強力な魔物に関する依頼は全て受けずに適当に流してきたからこそ、今でもまだ銀ランクを維持することができている。


 だというのに俺に直接に指名依頼だと?

 『戦乙女』と一緒にいるせいで、名前を売りすぎてしまったのかもしれないな。


「丁重にお断りさせていただく」


 指名依頼というのは、簡単に言えば冒険者個人や特定のパーティーに対してやってくる名指しの依頼だ。


 有事の際に出される緊急依頼などと違って、依頼に強制力があるわけではない。


 無論断っていればギルドからの査定は悪くなるが……別にいいし。ていうかむしろ、願ったり叶ったりだし。


 そういえば指名依頼断りまくればランクって落とせるのか……目立たないようにしてたから完全に盲点だった。

 いっそのことこれから全部指名依頼断りまくって、銅ランクまで下げちゃおうかな。


「何を考えているか手に取るようにわかりますが……もし良ければ、受けてもらえると助かります」


「いやだよ、俺にメリットがないし。ていうかそもそも、なんで俺相手に指名依頼が来るわけさ?」


「それはですね――」


 ミーシャから依頼にまつわる話を聞かせてもらうことにした。

 なんでも今回の依頼主は、キャメロン王国中を回っているサーカス団からの依頼らしい。

 依頼主はサーカスの団長ではなく、魔獣使いのアイーダという女性。


 彼女が扱っているアンガーエイプという魔物の面倒を、ガルの森で見てほしいということだった。


「森で魔物の面倒を見る……? なんでそんな妙な内容になってるんだ」


 冒険者は簡単に言えば荒事でもできる何でも屋であるため、魔物やペットの面倒を見たりすることなんかも少なくない。


 当然ながらその中には、テイマーが飼っている魔獣の面倒を見るといったものもある。


「なんでもアンガーエイプに戦闘経験を積ませたいらしいですが……」


「ふぅん……」


 面倒を冒険者に任せることはいい。

 ガルの森に行って戦闘経験を積ませるというのもおかしくはない。


 だがその魔物の子とをよく知らない冒険者に、ガルの森に入れさせようとするなんてどう考えてもおかしい。


 何か裏がありそうな依頼だ。

 ……俺に罪でもかぶせるつもりなんだろうか?


 俺が訝しげな表情をしているのを見て、ミーシャも頷く。

 どうやら彼女の方でも、きな臭さを感じているらしかった。


「私もこの依頼には何かおかしなものを感じます。ですのでたとえ向こうにどんな思惑があろうとなんとかできるタイラーさんにお願いしたいのですが……ダメでしょうか?」


 ミーシャの信頼が厚すぎる。


 まあたしかに、俺ならどういう事態になっても魔法の力で強引になんとかできると思う。


 それにこんな依頼、適当に難癖つけられて失敗にさせられるに決まっている。

 そうなればギルドからの覚えも悪くなり、俺からすると好都合だ。


 うん、別に受けてもいいか。

 何かやらなくちゃいけないことがあるわけでもないしな。


「その代わり、今度なんか奢ってくれよ」


「――はいっ、もちろんです!」


 というわけで俺は銀ランクにもかかわらず、何故か指名依頼を受けることになってしまったのだった。


 正直面倒だけど……ミーシャの笑顔が見れたから、トントンってことにしておこうかな。

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