第31話


 奥へ進むと既にメンバーは揃っており、アイリスとルルは期待した目でこちらを見つめていた。

 ちなみにエルザの方は、お手並み拝見という様子で一歩引いた感じで観察をしている。


「これが俺がいただいてきた伝説の果物……シャインマスカットじゃあ!」


 俺は『収納袋』から、シャインマスカットをドヤ顔で取り出し、出しておいた皿の上にそっと乗せた。


「何このブドウ……実がとんでもなくおっきくないわ。これ、ホントにブドウなの?」


「す、すごく……おっきいです……」


 『戦乙女』のメンバーの視線が、ブドウに集中する。

 この世界のブドウは実が小さいくせに種がデカく、可食部位が少ない。

 おまけに色も赤しかないため、皆まずブドウかどうかを怪しんでいた。


 はっ、これだからフルーツ偏差値の低いやつらはよぉ!

 現代日本じゃじゃこれくらい普通だぜ、普通。


「色……緑色なのね。赤色じゃないブドウなんて、初めて見た」


「白っぽいから、これを使うと白ワインができるってこと?」


「ううん、ワインの色って果皮を使ってるかどうかだよ。ワインの色とブドウの色はまったく関係ない」


 ウィドウがワインの基礎知識を披露している間に、俺は水魔法を使ってブドウを瞬間冷却していく。

 業務用冷凍庫を置き去りにする超速冷却により、ブドウがあっという間に冷たくなった。


「さて、それじゃあ食べるか」


 シャインマスカットを食べるのはずいぶん久しぶりだ。だって去年母さんから送られてきた時以降食ってないしな。


 高すぎて、自分で買って食べようとは思えないんだよなぁ。

 一房1500円くらいはざらだし、安月給の俺からすると到底手の届かない高級フルーツだ。


 もぎってぱくりといただくと、口の中に幸せが広がった。

 暴力的なのに上品な甘さが、口腔を蹂躙していく。


 うん、これだよこれ。

 コンビニスイーツとかチョコレート菓子なんかじゃ補給できない、フルーツ特有の果糖の甘さだ。

 酸っぱさもほとんどないし、ご近所さんのブドウ作りの腕は変わらず素晴らしいようだ。


 目を細めながら味わって食べている俺の様子を見た『戦乙女』の面々も、好奇心から手に取って口に運ぶ。

 そして……


「「「……」」」


 皆が口に入れた瞬間に、言葉を失った。

 よくカニを食べている間は無言になるというが、ディスグラドではブドウを食べると無言になるらしい。


「――なに、これ……」


 ぼそりとつぶやくアイリス。

 彼女の言葉に、皆が無言で頷いた。


「こんなブドウ、食べたことないわ……これを食べたら、実家で出てくるフルーツも全部ただの水っぽい固形物にしか思えなくなりそう……」


 エルザなんか、衝撃のあまりぽろっと個人情報を漏らしていた。


 どうやら彼女の家は、普段からフルーツが食べられるようなかなり裕福な家庭らしい。

 動作も流麗だし、多分だけどどっかの貴族家の三女四女あたりなんだと思う。


「ねぇタイラー」


「どうした、ウィドウ?」


「これ、いくらしたんだ……?」


「値段なんか気にすんな。高級フルーツだけど伝手があってな、年に一回だけもらえるんだよ」


「年に一回だけ……それも当然ね。こんなものを世に出せば、市場が崩壊するわ……」


 シャインマスカットのおいしさにおかしくなり始めているのか、アイリスが妙なことを言い出した。

 というか皆、目がギラつき始めている。


「ねぇタイラー、来年もこれ持ってきてくれるわよね?」


「え、でもこのシャインマスカットは年に一度の俺の楽しみ……」


「くれるわよね?(威圧)」


「あ、はい……」


 女の子は甘い物が好きだというのは異世界でも変わらないらしい。

 気がつけば俺は彼女達の前に屈し、今後シャインマスカットを一房一緒に食べる契約を結ばされてしまっていた。


 ……まあいいか、俺の場合どうしても食べたくなったら高級スーパーとかで買えば良いしな。

 けどその時は、絶対に黙っていることにしよう……。


 気付けば俺も含めて、皆でシャインマスカットの房に手が伸びている。

 その様子を見てから、俺はパシッと伸びかけている手のうちの一つを叩いた。


「ライザは一個だけな。さっきお兄さんと約束したよね(^^)」


「ごめんなさい後生ですなんでもしますから!」


 半狂乱になって叫びだしたライザを見て流石に不便になったので、皆でブドウを食べることにする。

 合わせて六人で食べているので、あっという間にブドウはなくなってしまった。


 俺が食べたの4粒くらいだったんだけど、不思議と満足感がある。

 甘い物って一番美味しいの最初の一口だし、案外これくらいの量がちょうどいいのかも。


 そんなことを思いながらもちょっとだけ物足りなさも感じてしまう、欲深い俺であった――。


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