第30話


 転移した先は、『戦乙女』の玄関前だ。

 俺はドアの内側に転移してから、近くにあるハンドベルを思いっきり鳴らす。

 するとドタドタと、向こう側から大きな足音が聞こえ始めた。


 俺が転移魔法を使えることは、既に彼女達には知られてしまっている。

 そのため彼女達に隠す必要はないのだが、他の人にこの魔法のことを知られるわけにはいかない。


 それに加えて、俺が『戦乙女』のパーティーハウスに頻繁に出向くのもあまりよろしくない。

 前にアイリスに連れてこさせられたことからもわかるように、本人達はあまり気にした様子はない。

 けれど俺の方が気にするのだ。


 女だらけの家に一人の男が出入りしているとなれば、『戦乙女』の風聞的にもあまりよろしくない。

 それに事実を知られれば、ファンクラブの会員達は間違いなくブチ切れるだろう。

 というか怒りのあまり『可能亭』に突撃してきかねない。

 彼らにはマジでそれくらいの熱量があるからな……。


 というわけで俺は基本的には転移魔法を使って、直接『戦乙女』のパーティーハウスにやってくるようにしていた。


 だがそれによって、また新たな問題が生じてしまった。

 つまり俺が女の子達が住んでいる家の中に突然転移してくるというのが、デリカシーがなさ過ぎるという問題だ。


 以前はこのせいで度々問題が起こっていた。

 エルザがお腹を丸出しにしてボタンも外れまくっているだらしないパジャマ姿で眠りこけていたり。

 お風呂上がりにバスタオル一枚だけを巻いてくつろいでいるアイリスと遭遇してしまったり。

 ウィドウが勇気を出して髪飾りを着けようと手をぷるぷるさせていた時にやってきてしまったり……。


 そういったアクシデントを防ぐため、俺達は事前にある取り決めをした。

 それは俺が転移して家に来る場合、やってくる場所を玄関に固定し、やってきてから置かれているハンドベルを鳴らすようにしたのだ。


 これによって向こうに準備をする時間が生まれ、ハプニングが起こることはほとんどなくなった。

 俺としてはちょっと残念な気もするが、この方がお互いの精神衛生上いいのだから仕方がない。


 待つこと十分ほど。

 ぎゃーぎゃーとやかましい声や何かが倒れるようなどんがらがっしゃーんという音を聞きながら首を傾げていると、きっちりとした服を着込んだウィドウが廊下の向こう側から現れる。


「おおタイラー、今日はどうしたんだ?」


 今日の格好はいつものロングパンツとは違い、丈が長めのプリーツスカートだった。

 わずかに覗く内ももが、健康的に輝いている。

 いやぁ、おぢさんには眩しいヨ……(おじさん構文)。


「フルーツをもらったからな、お裾分けに来たぞ」


「なんだ、フルーツかぁ……」


「こらライザ! その言い方はないだろう! フルーツは高級品なんだぞ!」


 気付けばやってきていたライザが、頭の後ろで腕を組む。

 彼女が口をひょっとこにしていると、見かねた様子のウィドウがキレた。


 たしかに持ってきたものに微妙な反応をするのは、あんまりよろしくはない。

 けど俺からすると、ライザがそうやって反応するのもうよくわかるのだ。


 というのもこのイラの街では……フルーツがマジでマズいのだ。

 キャメロン王国の食料事情は、三百年前と比べても明らかに悪化していた。


 以前は結界魔法を使った擬似ビニールハウスくらいならできていたはずだが、現在はそんなものは影も形もなくなっている。

 そもそもの話栄養が足りていない者がほとんどで、栄養素よりエネルギー、とにかく腹を満たせみたいな考え方が主流になっている。


 当然ながら遺伝子改良なんてものは存在しないし、そもそも品種改良自体も大して進んでいない。

 それでも主食で生活に必要な穀物類はまだ食えるくらいにはなっているのだが、ビタミン類とか食事のバランスなんて考え方が普及していない王国では、果物の品種改良はマジでまったくと言っていいほどに進んでいない。


 ブドウはワインにしたら美味しそうですね(京都弁翻訳)みたいなえぐみと酸っぱさが限界突破したものしかないし、イチゴなんかは潰して牛乳をかけてかろうじて食えるといったレベルのものでも銀貨一枚はする。


 庶民にとっての果物とは、高いくせにマズい残念なデザート扱いをされるものなのだ。

 だからライザの態度も別に、そこまでおかしなことではない。


 だが……ふふふ、俺が持ってきたシャインマスカットを食べて尚、同じ反応ができるかな?


 ただ、舐めた口を聞くライザには少しお灸を据えてやることにしよう。

 少しの意趣返しくらいはさせてもらっても、罰は当たらないだろうしな。


「それならライザへあげるのは一粒だけな。後は他のメンバーと山分けだ」


「えーっ!? ……ま、いっかぁ、ブドウあんまり得意じゃないし」


 言質を取ってにんまりとしながら、俺はテーブルに向かうのだった。




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