第29話
突然だが、テレワークというのは仕事の効率が悪くなるという話を聞いたことがないだろうか?
――あれはガチだ。
テレワークを現在進行形でしている俺が断言しよう。
以前高校の頃の同級生(同級生であって友達じゃない、ここ大事)と飲みの席があった時のことだ。
当時は感染症が猛威を振るっておりあちこちでテレワークが行われまくっていた頃。
自然仕事の話もそういった方向に進んでいった。
「やっぱりよぉ、対面で仕事しなくちゃサボるよなぁ」
「全体の進捗管理とか大変だよなぁ、出社させたあの社長の意見もわかるぜ」
サラリーマン達で話していたところ、やはりテレワークはサボるよなという結論に至った。
何せ周りに同じ仕事をしている人がいるわけでもなく、一人暮らしなら周囲にはサボるためのゲームやスマホ、パソコンに本まであらゆるものが置かれている。
そして同棲や結婚をしている場合はそこに仕事のことをよく理解していない家族によって『洗濯手伝って!』や『子供の面倒見てよ!』といった家事イベントが発生し、結果的に仕事が全然進まないということだった(独身彼女なしの俺への嫌みかな?)。
仕事の効率を下げないようにするため、会社側も色々と対策を練っているのだという。
何時のタイミングで打鍵したかという記録が残るアプリを入れさせられて、しっかりキーボードに触れているかを確認したりされたりもしたんだと。
一時間打鍵しないと、上司からメッセージが飛んでくるらしい……いくらなんでも、恐ろしすぎない?
ちなみに俺の同級生の中島は、その監視の目をかいくぐるために適当にエンターキーを一分に一度押しながらマンガを読んでいたという。
中島お前、猛者過ぎんだろ……。
なんにせよテレワークをしている限り、会社と社員の地獄のようなサボりのイタチごっこは続くというわけだ。
うちの会社は振られた仕事さえきちんとこなせば多少のことには目をつぶるというスタンスだ。
俺にできるだろうという仕事量が割り振られ、しっかりと納期を守って提出した上でかかった総労働時間を提出する。
するとそれに時間がかかりすぎていなかったりする限りはオッケーが出て、その分の給料が支給されるというシステムだ。
人によって盛って申告したりもするが、俺はきちんと働いた分だけを申告している。
サボったりもしていない。
だが三田課長は基本渋い顔だ。
それは何故か、答えは簡単で――俺の仕事の効率が、オフィスにいる時より明らかに悪いからである。
(サボってるわけじゃないんだけど、なんか気が抜けちゃうんだよなぁ……)
俺にとってのリラックス空間である家で仕事をしているのが、良くないんだろうか。
ずっと家で仕事するのにも飽きたし、久しぶりに買い出し以外で外に出るか。
場所は関係ないわけだし、気分転換に喫茶店で仕事してみようかな……。
結論、喫茶店に行くと仕事の効率が大分マシになった。
恐らく周囲の目があるのがデカいんだろうな。
しかし、ここでまた新たな問題が一つ。
喫茶店代が……俺が思ってたより高い。
いくら二十三区とはいえ、コーヒー一杯600円はぼったくり価格じゃないだろうか。
最近ニュースなんかで良く聞くようになったが、これも円安のせいなのか?
コーヒー原産国の通貨が安くなれば、コーヒー一杯100円くらいになったりするんだろうか……などと益体もないことを考えながら、コーヒーのお供のケーキを食べるのを我慢した俺は喫茶店を後にするのだった――。
「お、なんか届いてる」
仕事を終えてから料理をする気力もなく、惣菜を買って家に帰ると、マンションのドアの前に大きめの段ボールが二つ置かれていた。
ネット通販で何か頼んだっけかと最近回りが悪くなってきた頭で考えてみるが、答えは浮かんでこない。
けれど差出人の名前を見て、疑問が氷解した。
「なんだ、実家(ウチ)からか」
よっこらせっと段ボールを持つと、中身は比較的軽い。
とりあえず今回の中身は、米ではないようだ。
家の中に入ってからすぐ、カッターを使いガムテープの切除に取りかかる。
段ボールを開くと、中からは大量の野菜と果物が現れた。
トマトとスイカとメロンと……おお、シャインマスカットまである。
夏が終わって秋になり始めているため、彩りがずいぶんと豊かだ。
ちなみにうちの両親は別に農家でもなんでもない普通のサラリーマンだ。
けれど家が車じゃないと出社できない農村地帯のあたりにあるため、周りのご近所さんから大量に野菜や果物を譲り受けたり、売り物にはならないけれど味は問題ない二級品のブツを格安で譲ってもらったりすることが多いのである。
田舎は狭い分、人とのコミュニケーションが直接に物を言う。
こうして俺が美味しい野菜と果物にありつけるのは、コミュニケーション強者な母さんのおかげだ。
さて、こんなに沢山もらっても、一人だとまず間違いなくダメにしてしまうだろう。
となるとやっぱり、ディスグラドのご近所さんに持って行くのがいいだろう。
けどトマトやブドウは見たことあるけど、メロンとスイカはまだお目にかかったことがない。
それならとりあえずあまり抵抗がなさそうなやつを持っていこうと、『収納袋』を取り出す。
トマトを入れ、トウモロコシを入れ、次にシャインマスカットに手をかけた時のことだ。
俺の手がピタリと止まった。
こいつは一房でとんでもない値段がするが、その値段だけの価値を感じるほどに美味い。
『犯罪的な美味さのこのブドウくらい、独り占めしても許されるって。一人で全部食べちまえよ』
俺の中にいる悪魔がそうささやいてくる。
けれどその誘惑に勝ち、俺は緑色の宝石を『収納袋』の中へと入れた。
食事は何を食べるかより、誰と食べるかだよな。
悪魔の誘惑を振り払ってから、スマホを開く。
『野菜と果物、届いたよ。いつもありがとう』
メッセージを送ると、一瞬で既読がついた。
だが一分待っても返信がこない。
二分ほど経ってからようやく返信がくる。
『そっちはどう? 元気にしてるら』
多分だが、?とらを打ち間違えたのだろう。
少し機械音痴な母さんのお茶目な間違いに笑いながら、元気だよと返す。
『年末は帰ってこれそう?』
『帰るよ』
『彼女連れて来てもいいからね!』
母さんというのは、なぜか自分の息子がモテると信じて疑わない生き物だ。
いないという残酷な現実をそのまま伝えるのは憚られたので、俺が適当に答えを濁すと、見たこともないダサいスタンプが帰ってきた。
なんだよこれと思いながら、既読をつけてスマホの電源を切る。
「彼女ねぇ……」
顔を上げると、シーリングライトが真っ白な壁を更に白く染め上げている。
俺も今年で二十七。そろそろ彼女の一人もいないとヤバいとわかってはいる。
同級生の奴らの中には結婚式を挙げるやつらも増えてきているし、中には子供を作ってるやつだって少なくない。
今までは出会いがないんだよと言っておけばよかったが、ディスグラドへ行けるようになってからその言い訳は通用しなくなってしまった。
「冴えない安月給の契約社員のこっちより、魔術師として活躍できる向こうの方が相手は見つけやすいだろうか……」
向こうで相手を見つけたら、こっちの世界に連れてくるべきだろうか。
それとも両親をあちらに連れて行くべきだろうか。
そんな益体もないことを考えながら、俺はテレポートを使ってディスグラドへと向かうのだった――。
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