第28話


 ギルドの依頼の張られている板――いわゆるクエストボードというやつだ――というのは基本的に一日に一度、朝六時前後に張り替えられることが多い。


 そのため早朝の六時前後になると、冒険者ギルドには大量の人が押し寄せてくる。

 特にクエストボードの前は必ずと言っていいほどに人だかりができていて、熱気がすごい。

 依頼が張り替えられるのはまだかと目をギラつかせる冒険者達も多く、雰囲気もあまりよろしくない。


 なので俺が冒険者ギルドにやってくるのは、主に昼頃が多い。


 その頃になると当然ながらめぼしい依頼は全て取られており、残っているのは割に合わないしょっぱい依頼や、常に討伐の要請が出続けているゴブリンやオークなどの魔物の討伐依頼だけだ。


 だが、それでいい。

 通勤時の満員電車が大嫌いだった俺からすれば、金のために朝早くから起きて、金のために必死に仕事に向かうなどというのはもう二度としたくない。


 だから俺はたとえ素泊まりしかできなかろうと――今日もオークを狩る!(きっぱり)


「あらタイラーさん、今日もお昼から仕事とはいいご身分ですね」


 にっこり笑顔でこちらに毒づいてくるのは、受付嬢のミーシャだった。

 彼女はなぜだかここ最近、妙に俺へのあたりが強い。


 ミーシャはずっとソロで活動してきた俺に、誰かと組んだ方がいいと耳にたこができるほど言ってきていた。


 ここ最近はたまに『戦乙女』と一緒に依頼をこなしたりもするたから、むしろ彼女の要望に沿っている形だと思うんだが……なぜかミーシャはいつもご機嫌斜めだ。


 女心というのは本当に難しい。

 俺には一生理解できる気がしないな。


「朝から働く気にはなれないからな。適当にオーク討伐でもしてくるさ」


「変わりませんね……」


 ちなみに今の俺の懐は、以前よりも大分潤っている。


 それはなぜかといえば、エルザがドラゴン討伐の報酬は人数で頭割りだと言って聞かなかったからだ。


 そのせいで結構な額を持ってはいるんだが、報酬が入ってきてからしばらく経ってからも俺はその金には一度も手をつけてはおらず、ギルドの銀行に預けっぱなしだった。


 ギルドには冒険者が使える預金制度がある。

 ただ預かってくれるだけじゃなく、なんと年利が一パーセントもつく。


 日本の銀行にも見習ってほしい高金利だ(ちなみに死んだら金がギルドの懐に入ることになっているという特大のデメリットがあるが、遺言状を預けておけばそれは回避できる)。


 金があるのになぜ冒険者生活を続けるかと言われたら、そりゃあもう俺は普通の生活がしたいからの一点に尽きる。


 俺は身の丈に合わない金の使い方をする人間の末路というもんを、ニュースなんかで見聞きして良く知っている。


 宝くじの高額当選人はかなりの割合が不幸になるというし、金銭感覚が壊れてもいいことなんか一つもないのだ。


 そもそもがあぶく銭みたいなもんだから、何か機会があれば使っちゃえたらとは思っているんだけどさ。



 適当にオーク討伐の依頼を受けると、さっさとギルドを後にしようと早足で歩き出す。

 けど残念なことに、俺に立ち塞がるように見慣れない人影が現れてしまった。


 明らかに俺の進路を妨害しようという位置取りの二人組の男達が、へらへらと笑いながらこちらを見つめている。

 二人とも革鎧に身を包んでおり、右側の男は片手剣を、左側の男は斧を腰に提げていた。


「何か用か?」


「あぁんっ!?」


「何か用か……だとぉっ?」


 はぁ……と、俺はクソデカため息を吐く。


 俺が街頭で見知らぬお姉さんに声をかけられた時くらいの早歩きでギルドを後にしようとしたのには、当然理由がある。


 俺が『戦乙女』のドラゴン討伐に同行していたと発覚してからというもの、こんな風に有象無象の輩からいちゃもんをつけられることが明らかに増えたのだ。


「流石ドラゴンスレイヤーともなると態度が違いますなぁ!」


「なぁ、ドラゴン討伐の報酬がたんまりとあるんだろう? 酒場で一杯奢ってくれや」


 その目的は、ほとんどが集りだ。

 『戦乙女』相手だと厳しいが、それに同行していた魔術師程度なら脅しに屈するだろう。

 まあ要は、舐められているのである。


「まあ、また何かあったらな」


「おい、ちょっと待てや!」


「無っ視すんじゃねー!」


 適当に流してギルドを出ようとすると、肩を掴まれる。


 ――はい、これで正当防衛成立っと。


 俺は既に循環させていた魔力を爆発させ、身体強化した状態で拳を振り抜いた。


「あがっ!?」


「おごっ!?」


 鳩尾に一撃をもらった二人は、うめき声を上げたまま意識を失う。

 あまりにうっとうしいので、もう最近はこうして実力行使をして黙らせるようにしていた。

 魔法を使うと加減ができずに殺してしまうし、俺の魔法の腕がバレかねない。


 身体強化の訓練にもなるため、最近はなるべく素手で相手を仕留めるようにしている。

 おかげで対人戦の経験が積めてますよ(^^)


 一連の様子を見ても、ギルドの職員がこちらを止める様子はない。

 冒険者というのは基本的に負け損、つまり負けたやつが悪いという原理で動いている。


 なのでミーシャも俺を見て呆れたような顔をしているものの、何か言ってきたりするようなことはない。


「さて、もうこんなことをすることがないようにっと……」


 俺はリュックから筆と墨を取り出すと、二人の顔に落書きをすることにした。

 とりあえず額に肉と書いてから、閉じた瞼に目を書き、ついでに鼻毛も追加しておく。


 喧嘩を売った以上殺されても文句は言えないんだから、これだけで済ませるのはむしろ寛大な処置と言えるだろう。


 彼らの無様な姿を見て一通り満足した俺は、そのまま意気揚々とオーク討伐に向かうのだった――。


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