第16話


 探索が十日目に入ると、いよいよガルの森の中部と深部の境目のあたりまでやってくることができた。

 ここまで来ると、流石に目に見えて異常がわかるようになってくる。


 ――明らかに、森の生態系がおかしくなっているのだ。

 本来なら深部にいるような魔物が、境界線を越え中部までやって来てしまっている。

 このままでは中部にいる魔物が逃げるために浅部へと向かい、そして浅部にいる魔物は街や街道へと向かうことになるだろう。

 そんなことになれば、間違いなくイラの街に被害が出る。


「無理はしないように安全第一でいきましょう」


 中部までは連携を確認するためやお互いの実力を確認しておくために積極的に戦闘をしてきた。

 だがここから先は、とにかく魔物と戦わないことを重視するらしい。


 深部の魔物といちいち戦っていてはキリがない。

 ガルの森の深部には、マッガスのような金ランクのパーティーでもたたらを踏むような凶悪な魔物達がわんさか出てくる。

 それに、俺らの目的はあくまでも調査だ。


 エルザの言葉は冒険者からすると臆病に見えるかもしれないが、考え方としては正しい。

 結局のところ、安定志向で無理をしないパーティーが長生きして、結果として一番稼げるんだよな。


 エルザの堅実っぷりに内心で舌を巻きながら進んでいく。

 道中、魔物との遭遇はなかった。

 サクサクと進めて最初はラッキーと思っていたが……進んでいく度に、違和感は大きくなっていく。


 既に地図がない未踏の地まで進んでいるはずなのに、一度も魔物と遭遇していないのだ。

 何かに追い立てられているにしても、明らかにおかしいだろう。


「おかしいわ……奥へ行けば行くほど魔物は活発になって、襲撃の頻度も増えるはずなんだけど……」


「一旦戻ってから、ライザに魔物を探してもらいましょう。腑分けの一つでもすれば、情報は得られるはずよ」

 

 アイリスの提案に、エルザが渋々といった様子で頷いた。

 『戦乙女』がここまで来るのは二回目らしいが、前回はこんな風ではなかったという。


 前に潜った時は魔物を倒せば、血に引き寄せられてまた新たな魔物が来て、そこから漁夫の利をかすめ取ろうとする魔物がやってきて……と際限ない戦いになったらしい。


「あれはもう二度とやりたくないから、今回は可能な限り戦いは避けるつもりだったんだけど……しょうがないわね。皆、それでいいかしら?」


 全員が頷くのを確認してから、踵を返して一度一度中部と深部の境界まで戻り始めるエルザ。

 当然ながら俺も、彼女達についていく。

 というわけで俺達は、最奥にいるであろう『何か』を刺激しないよう注意ながら深部の魔物を探すことになった。





 『戦乙女』の中で最も魔物の探索に長けているのはライザだ。

 俺たちは彼女の邪魔にならないよう、少し離れたところで息を潜めることにした。


「……」


 ライザが耳を澄まし、瞳を閉じる。

 シン……と虫の音一つなく静まっている森の中で、彼女の体内にある魔力がざわざわと動いているのがわかった。


 魔力の使い方は、何も魔法に限られているわけではない。

 魔力を身体で循環させることができれば己の肉体を強化させることもできるし、例えば身体の一部に魔力を集めることで感覚を強化することもできる。


 魔力を使った身体強化はどちらかと言えば武人寄りの領域であり、魔法に関して以外はからきしだった俺は前世では使うことができないでいた。


 ただ、今世ではまだやってなかったな……もしかしたらできるようになってるかもしれないし、後でやってみることにするか。


 そんな風に考えが横道にそれていくうちに、ライザが目が開く。

 彼女は一度小さく頷いてから、北東の方角を見つめていた。


「あっちにいるね、多分一匹」


 以前ライザは、自分は目と耳がいいと言っていた。

 恐らく彼女は魔力を使い、視力や聴力を強化することもできるのだろう。

 感覚強化は身体強化をかなり高い水準で修めて尚、届かない者も多い技術だったはず。

 やはり『戦乙女』は逸材揃いだな。


「一人でやる。援護もいらない」


 ライザが指さした方向へ、アイリスが弾丸のように飛び出していった。


 ――おいおい、マジかよっ!?


 いくら魔物の反応が近くになさそうとはいえ、ちょっと不用心過ぎるだろ。

 森の異変がなんなのかもまだわかってないんだぞ。


「ちょっと待ちなさい、アイリス!」


 エルザが慌てた様子で走って行き、俺達もその彼女の後に続いて駆け出す。

 走っていると、俺のペースに合わせてウィドウが併走してくれる。

 彼女は背中が小さくなっているアイリスを見つめながら、眉間にしわを寄せていた。


「もしかするとアイリスは、焦ってるのかもしれない」


「焦ってるって……一体何を?」


「決まってるだろ。このままだとなし崩し的に、男と関わるようになるかもいって思ってるんだよ」


 俺は『戦乙女』の面子とずいぶんと打ち解けることができた。

 俺なりに頑張っていたんだが、どうやら上手いことやり過ぎてしすぎてしまったらしい。


 ルルやウィドウと楽しく話をしている俺を見て、アイリスの中にこのままではマズいという危機感が生まれた。

 だから自分達だけでやれることを改めて証明するために、一人で飛び出していった。


 恐らくそんなところだろうと、ウィドウが話を締める。


「なんだよそれ、俺のせいか?」


「もちろん、アイリスのせいさ、タイラーは何も悪くない。でも、あの子の男嫌いは相当だからさ。あんまり詳しくは言わないけど、男にひどいことをされかけたことがあったせいで男性不信がひどくて……っ!?」


 ウィドウは言葉に詰まり、彼女の顔に影がかかった。

 彼女が最後まで言い切ることができなかったのは、突如として頭上に大きな何かが現れたからだ。

 俺もウィドウも、まるで呆けてしまったかのように足を止めて空を見上げてしまう。


「GYAAAAAAAOOOOO!!」


 はためく翼と、距離があって尚わかるほどの巨大な体躯。

 深紅の鱗を持ち、ぎょろりと眼窩を睥睨する琥珀色の瞳は、思わず後ずさってしまうほどの迫力がある。


 どんな金属鎧すら容易く貫通してみせるほどに強靱な牙を持ち、自在に空を飛びながら獲物を狩る空の王者。


 魔物の中で最強との呼び声も高いその魔物の名は――。


「――ドラゴンだとっ!?」


「まずい、アイリスの方へ向かってるぞ!」


 ドラゴンが飛んでいき、急降下を始めた場所。

 そこには完全に魔物に意識を向けており、上空への警戒がおろそかになっているアイリスの姿があった――。

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