第15話
どうやら『戦乙女』のリーダーとして皆と仲良くなってほしいと思っているらしく、俺はエルザに言われるがままに毎回別のメンバー達と夜番をすることになっていた。
最初の夜番はルルと話して終わり、次の夜番はウィドウと皆に内緒で少しだけ酒を飲んで終わり、その次の番はライザとたわいもない話をしているうちに終わった。
一応これでもサラリーマンとして無難に生きてきたから、同じ仕事をするパートナーとの最低限のコミュニケーションくらいは問題なくできる。
腹を割って話せるほどするりと心の隙間に入り込むことなんかできないが、当たり障りのない話をして悪印象を持たれないくらいのことなら俺にだって十分可能なのだ。
エルザの目論見通りというのはなんだか悔しいが、俺は出発前と比べると、明らかに『戦乙女』のメンバー達と話すことができるようになっていた。
今では軽い冗談くらいなら交わし合える間柄になっているほどだ(ただし、まったく歩み寄る気がないアイリスは除く)。
そして今回は、リーダーであるエルザと一緒に夜番をすることになっている。
夜番は実は俺にとっては癒やしの一日だ。
だって夜番じゃない日は、徹夜で仕事しなきゃいけないんだもん。
なんでこんなことになってるんだ?
……って、よく考えなくても俺のせいか。
いや、俺は悪くないよな。
だって……俺は悪くないから!(思考放棄)
はぁ、しっかしダブルワークってキツいな……。
大学の頃にバイトを七つ掛け持ちしてた渡辺先輩、一体どんなタイムスケジュールで生きてたんだろ。
今元気にしてるのかなぁ。
大学の頃の知り合いってさ、ちょっと打算ありきの関係性だから、卒業してからしばらくすると途端に連絡取らなくなるんだよなぁ……。
「タイラー、起きてる」
「……今起きた」
久しぶりの睡眠から覚め、テントを抜け出る。
そしてエルザと一緒に夜番をすることにした。
魔物は野生動物と同様火を怖がるため、火さえ絶やさなければ魔物の襲撃はあまりない。
戦闘も、多くとも二三回程度で済む。
正直夜番では、魔物の強さより眠気の方が恐ろしい。
眠ってる状況で無防備に攻撃されれば、それだけで一発アウトなことも多いからな。
前世の時の俺は、多少のリスクを抱えてでも同じく周囲を警戒している人と話すようにしていた。
そして『戦乙女』の子達も似たような考えの人が多いらしく、これはもう警戒というよりおしゃべりタイムといっても過言ではなかった。
だが今回はせっかくリーダーのエルザとサシで話ができるチャンスだ。
この機会に気になっていたけど聞けなかったことなんかを、深掘りしていくことにするか。
「なぁ、一つ聞いていいか?」
「何かしら?」
「このパーティーの調査依頼に、俺って本当に必要か?」
まず一番気になっていたのが、いくら『収納袋』を持っているとはいえ果たしてこの依頼に俺が必要だったかということだ。
『戦乙女』の総合力はかなり高い。
ミスリルランクに恥じぬだけの力はあるし、彼女達の戦闘は既に今の五人の状態で完成されている。
なので俺も戦闘では、邪魔にならないようなタイミングで魔法を差し挟むくらいしかすることがない。
既に実力を隠す気もなく好きなようにやっているからまだ入る余地があるが、今の俺みたいな芸当は正直ただの銀ランクの魔術師には不可能だ。
冷静に考えると『収納袋』に惹かれて俺という異物を入れても、そのせいでパーティーとしての力が発揮できない可能性の方が高かったように思える。
そうなれば調査依頼は今よりはるかに難航していたはずである。
俺を入れることで得られるメリットより、入れるたせいで被るデメリットの方がずっと大きいのだ。
仮にもミスリルランクまで昇級しているのだから、そこに思い至らぬエルザではないはずだ。
ぶっちゃけると俺は、適当に死んでもらってどさくさ紛れに『収納袋』を手に入れるつもりだと疑ってたし。なんなら今もちょっと疑ってるし。
「端的に答えを言うのなら、これから先のために必要だと思ったって感じかしら」
「これから先?」
「ええ、私達『戦乙女』は今までどんなこともメンバー五人で力を合わせて切り抜けてきたわ。けどその弊害というか……皆男性に対する免疫がなくてね」
『戦乙女』はそもそもは、別々に活動していたエルザとアイリス、ウィドウの三人が組んでできたパーティーらしい。
彼女達の共通点は、パーティーが男女の仲のせいで崩壊してしまったという点だった。
それなら女だけで組めばいいじゃないかと安直に考えたのが、そもそもの始まりだったという。
「手数が足りなくなって新メンバーを入れるってなった時も、当然ながら女の子の中から選んだわ。ライザとルルが入ってくれてまったく後悔はしてないけど……そのせいで皆、ちょっと男嫌いをこじらせちゃってね」
エルザとウィドウはそこまででもないらしいが、アイリスは男関連でトラウマがあり、大の男嫌いらしい。
彼女が色々と暴れたせいで『戦乙女』は男嫌いの純血集団という話が定着してしまったようだ。
若いライザとルルもアイリスに色々と吹き込まれて、男=怖いという図式が脳内にできつつあるらしく。
その様子を見て、エルザは流石にマズいと思ったそうだ。
「今はいいけど、これから更に上を目指すとなれば、男と関わらないのなんて不可能よ。時には貴族からのいやらしい視線にだって耐えなくちゃいけないし、同業の男達と合同で討伐依頼を受けることだってあるはずだわ」
「だからその練習台的な感じで、俺を選んだってことか?」
「まぁ……そんな感じかな。ほら、タイラーって中性的で、あんまり男らしくはないじゃない? もちろんいい意味でよ」
「そんなとってつけたようなフォローはせんでいい。いい意味って言えばなんでもありなわけじゃないからな?」
今までのこともあるため、男と依頼を受けるためには、何か理由が必要だった。
そこで見つけたのが、偶然にも『収納袋』を持っていた俺だったというわけだ。
まさかエルザが目を付けたのが『収納袋』じゃなくて俺の方だったとは、流石に予想外だったな。
ていうか、俺ってそんなに中性的か……?
男らしくないって言われて、地味にちょっとショックなんだが。
まあたしかにこの世界の冒険者って皆マッガスみたいなガチムチか、チンピラか夜盗の親類みたいなゲスがほとんどだからな。
奴らと比べると俺が人畜無害に見えるというのもわからなくはない。
「目的が別にあるんなら、調査依頼の方は途中で切り上げるのか?」
「いいえ、そちらももちろんちゃんとやりきるつもりよ。最悪中断してもいいかなとは思ってたけど……タイラーが色んな意味で予想外だったからね」
「俺は意外性ナンバーワンの男だからな」
「言ってなさい。実力を隠して銀ランクのままだなんてずいぶんもったいないことをしてると思うけど……まあ人の生き方なんてそれぞれだしね」
エルザが苦笑しながら、眠気覚ましのハーブを噛む。
スッと差し出された葉を、俺は黙って受け取った。
歯で擦ってすりつぶすと、ミントのようなスッとした香りが鼻を突き抜ける。
こうやって自然に気配りができるエルザは、きっと苦労性なのだろう。
なんとなくだけど、自分から色々と抱え込むタイプなように思える。
エルザが現代日本に居たら、部下の仕事を自分で抱えて残業していることだろう。
「それにしても、まさかあんな風にルルが男の人と笑って話してるだなんて……ちょっと前には想像できなかったわ」
炎を反射してオレンジ色に光る彼女の横顔は、子供が成長したことを素直に喜ぶ親のように見えた。
ふいに表れた大人びた表情を見て、少しだけ胸が高鳴る。
けどそれを認めたくなかった俺は、ゴリゴリと歯でハーブを噛みつぶすのだった――。
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