第14話
ガルの森の調査は続いている。
既に七日目に入っており、大体森の中部と呼ばれている場所まではやってくることができていた。
俺がもう力を隠すとかを気にせずある程度魔法を使うようになったこともあり、調査は予定よりはるかに早いペースで進んでいた。
この調子でいけるのなら、わざわざ会社に出社できないって連絡をする必要、なかったかもしれないな。
(しかし……慣れというのは恐ろしいな)
以前何かの本で人間は慣れる生き物だと聞いたことがあるが、まさかそれを実地で体感することになるとは思いもよらなかった。
最初はあれほどキツかったはずのゴワゴワテント暮らしに、俺はもう完全に順応してしまっていた。
そのため今では、虫が入ってこようが魔物の断末魔の叫び声が聞こえようが、問題なくぐっすりと寝ることができるようになっている。
そして恐ろしいことに、朝は魔物討伐夜は徹夜で仕事というアホみたいなスケジュールにも慣れてしまっている。
二日に一度しっかりと睡眠が取れるというだけで十分だと思えるようにすらなっている。
これは進化なのか、それとも退化なのか……きっと答えを出してもむなしくなるだけなので、答えは沈黙ということにしておこう。
一週間近く一緒にいるようになって、色々なことがわかった。
その中でも一番強く思うのは、やはり女性だけでミスリルランクに上がっている『戦乙女』の総合力は、伊達じゃないということだ。
「おおおおおおおっっ!!」
全身の筋肉を躍動させながら、ウィドウが雄叫びを上げて突貫する。
彼女の愛剣である黒の大剣は森に住まう土でできた狼、ガイアウルフを易々と両断してみせた。
ガイアウルフは土魔法を操る銀ランクの魔物だ。
恐らく魔法を使うことで自分の身体の土の成分をある程度操っているのだろう、鉄を含有している赤茶色い体表は鉄剣でも簡単には断てないだけの強度がある。
だがウィドウの振り下ろしの前ではひとたまりもなく、実にあっけなく真っ二つに裂かれる。
「アオオオオオンッ!!」
ガイアウルフは土でできているため分類的にはゴーレム種と呼ばれる魔物に分類されるのだが、その性質は狼に近い。
彼らは群れを組むことが多く、今回の場合も五匹ほどで群れをなしていた。
同胞を倒したウィドウを脅威だと認識したからか、残る四匹の土塊の狼達がの叫び声をあげながら前足で地面を叩く。
すると地面が隆起し、土の槍が形作られていく。
土魔法のアースランスが合わせて四本、ウィドウめがけて飛んでいった。
「よっと、ほっ!」
ウィドウはその土槍を――驚くべきことに、視認してから避けていく。
彼女はある時は飛び上がり、またある時は地面に突き立てた剣を軸にしてくるりと回りながら、見事に攻撃をかわしていた。
彼女は動体視力が良く、そして通常の前衛であれば不可能なほどに柔軟に相手の攻撃を避けていく。
そのパワフルな一撃からはギャップがあるが、ウィドウの攻撃は力に裏打ちされた確かな技術によって構成されていた。
「オオオオンッ!?」
ウィドウが攻撃を避けている間に、ガイアウルフの目が矢によって打ち抜かれていた。
ガイアウルフの弱点は、狼でいうところの脳の位置にある核なんだが、それを見事に一撃で打ち抜かれている。
ちらと後ろの方を見れば、憮然とした表情のままアイリスが矢筒に手を伸ばしていた。
彼女は俺の視線に気付くと、こちらをキッと睨んでくる。
もう結構な時間を一緒に過ごしていると思うんだが、アイリスだけは一向にこちらに打ち解けようという気がない。
「ハッ!」
ウィドウとは逆側から接近していたエルザが、手に持ったレイピアを使いガイアウルフを片付ける。
その手際は鮮やかで、流れるような動作には美しさすら感じさせる。
エルザはかなり身体が柔らかく、そのおかげで通常の前衛であれば不可能な角度や姿勢から一撃を放つことが可能だ。
対魔物戦でも相当に有効だろうが恐らく彼女が真価を発揮するのは対人戦になるだろう。
あれは明らかに人を殺すことを目的として開発された剣術だ。
以前戦ったことのある暗殺剣の使い手と同じで、相手側の認識の隙をつくような戦い方をしている。
俺が見ているうちにエルザはあっという間に残る三匹を処理してしまい、最後についた土を剣を振って払った。
基本的には魔術師というのは、全ての戦闘に必ず参戦することはない。
魔力という物理的な限界があるため、そんなことしていたら普通はすぐにガス欠になるからな。
エルザからは戦闘参加の判断は各自でしていいと言われているため、俺はわりと楽をして進むことができている。
なにせ俺よりもルルの方が積極的に働いてるくらいだからな。
「魔石だけ回収お願い」
「ほいほーい」
「了解っ!」
「それが終わったら、先へ進みましょう」
何もしていない俺の仕事は、もっぱら魔石の取り出し係だ。
今回は魔物を察知して以降は出番がなかったライザと一緒に、土まみれになりながら魔石を取り出していく。
向こうがこれでいいって言ってるんだから、俺は黙って従うだけだ。
しっかし楽ができていいな。
『戦乙女』の労働環境は驚くほどにホワイトだ。
うちの会社も、彼女達を見習ってくれたらいいのに(叶わぬ願い)。
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