第13話


 俺は異世界に来れるようになったことで、社畜を卒業している。

 だがそれは何も、労働そのものからの解放を意味しない。


 つまり現代人の悲しい性というべきか、契約社員になったとはいえ働かなければ生きていけない俺は、異世界でも労働から逃れることはできないのだ。


「夜番の時間を、魔術の訓練に当てる……もちろん事前に話は聞いてたけど、本当にやるつもりなの?」


「ああ、正直なところ昨日一日やらなかっただけで色々と問題が起きてな。俺の場合睡眠時間を削ってでもやらないと鈍るんだ」


 嘘は言っていない。

 俺には何日も仕事をさぼると納期という問題が生まれるし、ずっとパソコンに触れていなければその分だけ俺のキーボード操作の感覚は鈍る。


「なるほど、ルルを超える魔法の腕を維持するためには、それだけ時間が必要ってことなのね……」


「ああ、とにかく時間が必要なんだ」


 エルザが納得したように頷いているので、俺も適当に話を合わせておく。

 そして俺は一人、テントの中へ戻りに向かった。


 ――魔術の訓練テレワークをするために。





 『戦乙女』の臨時ポーターとして共同でガルの森の調査依頼を受けるには、いくつもの問題があった。


 少し考えればわかるのだが、タイラーとして他の冒険者を共同で長期の依頼を受けながら、同時に契約社員の鏡平として働くという恐らく前人未踏のダブルワークは、ぶっちゃけかなりの無理ゲーなのである。


 何日になるかもわからない調査を、俺の事情を知らない同行者と一緒に行う。

 当然ながら朝から日が暮れるまでは彼らと行動を共にすることになるため、仕事はできない。


 そして地球の方でも問題は多い。

 出社は少なくとも隔週でしなければいけないし、出社をしない間も割り振られた仕事はしっかりとこなさなければならない。

 毎日のメールチェックや定期的な進捗報告……ディスグラドではおよそ不可能なことが沢山あるのだ。



 なので俺はまず第一に、会社に連絡してしばらくの間会社出勤を止めさせてもらうことにした。


 ここ最近かかりきりだったプロジェクトが無事に終わったということもあって、出社義務の免除も期間限定であればオッケーが出た。


 当然ながら査定には響くらしいが、今更再度正社員に戻るつもりもないからあまり気にしないことにした。


 そして次に『戦乙女』の面々に俺は夜の間、魔術の訓練を一人ですることの許可をもらった。

 ただ毎日だと向こう側の負担も大きいだろうから、二日に一回でという条件でだ。


 そのため二日目の今日、俺は夜から明日の早朝までは時間がある。

 その時間にするのは……当然ながら仕事である。


 本当は自室に戻って作業をしたいが、流石にテントの中にいないのがバレるのはヤバい。

 なので次善策として、俺はテントの中でランタンっぽく見えるオレンジ発光のLEDとノートパソコンの電源を入れ、ただひたすらに睡眠時間を削ってキーボードを叩いていた。


(何が楽しくて、こんなテントの中でカタカタパソコンを弄らなくちゃいけないんだ……)


 これが俺の望んだ異世界ライフなのだろうか。いや、そんなことはない(反語)。


 おかしい、ついこないだまではまったり冒険者生活ができてたはずなのに、なぜ急にデスマーチを彷彿とさせる深夜労働をする羽目になっているのだろうか。


 哲学的なことを考えている間も、打鍵の音が止まることはない。

 気付けば仕事を始めて三時間近く経っていた。


「ふぅ~……」


 眉間をマッサージしてから、身体に聖属性の回復魔法を使う。

 回復魔法は怪我や病だけでなく、疲労にも効果がある。


 俺ぐらいの聖属性使いになると、回復魔法を使うだけで一瞬で恐ろしいほどに身体の疲れが取れてしまう。

 先ほどまで重かったはずの肩は羽根が生えているかのように軽くなり、身体の奥にずぅんと溜まっていた疲れも一瞬で吹き飛んだ。


「でも取れるのは、身体の疲れだけなんだよな……」


 この世界の回復魔法は高い練度さえあれば、その名の通りあらゆるものを回復させることができる。

 だがどれだけ腕のいい回復魔術師であっても、ただ一つ――精神的な疲労だけは、直すことができない。


 そのため回復魔法を使って身体の疲労を取ると、身体は起き抜けのように元気なのに、なんだかやる気が起きず集中力も切れているという状態になってしまうのだ。


 まあこの状況でも、一応働くことはできちゃうんだけどさ。

 もし現代日本に回復魔法が存在していたら、徹夜をさせ続けるアルティメットブラック企業が誕生していたことだろう……考えるだに恐ろしい。


 俺は気合いを入れ直し、さっきまでより明らかに集中力に欠けた状態ではありながら、なんとか徹夜して二日分の仕事を終えた。


 すると森からは鳥のさえずりが聞こえてくる。

 そろそろ朝になったらしく、少し仮眠を取っているとエルザに起こされた。


「太陽が……黄色いな……」


「ちょっと、タイラー本当に大丈夫? ゾンビみたいな顔になってるわよ」


「大丈夫だ、問題ない」


 やるって決めたのは俺だから、しっかりどっちの仕事もこなすけどさ。

 でもこの調査任務が終わったら、しばらくはまったりさせてもらうことにしよう。

 早いところ終えて、英気を養いたいぜ……。

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