第11話
俺は誰かと一緒に任務をこなしたことはあるが、誰かと野営をしたことはない。
というか、しないようにわざと街から近いところの依頼しか受けないようにしていた。
だが森の調査となれば、流石にそういうわけにもいかない。
故に俺は現在、とんでもない二択に迫られていた。
(疑われるのを覚悟で現代グッズを使うわけにもいかないから、こっちののロークオリティのもので我慢するしかないよな……)
俺が誰かと野営をしたくなかったのは、誰かといるとキャンプグッズを使ってソロキャンを楽しめないからだ。
設営が簡単なテントや、敵が近づけば紐が抜けるようになっている防犯ブザー、仮眠で寝ぼけていてもしっかりと起きられる目覚まし時計など、俺は現代文明の利器をフルで利用すると、わりと快適な野営ライフを送ることができる。
だが彼女達の前でそんなものを見せるわけにはいかない。
故に俺はこちらの荒い縫製の普通に虫が入ってくるテントを使いながら順番に野営をしていくという原始的な方法で夜を明かさざるを得ない状態に陥ってしまっていた。
布も分厚いし布を立てるための鉄も重たいから、設営一つとっても一苦労だ。
体力は人並みにしかない俺からすると、これだけでもかなりの重労働なのである。
「ね、寝れねぇ……」
地面が……硬ぇ!
普段低反発マットレスが底に敷いてあるちょっと寝袋に身体を預けてるんだが、このテントの野郎はめちゃくちゃこっちに反発してきやがる!
低反発マットと対を成す存在、猛反発テントと悪戦苦闘しているうちに、俺は気付けばぐっすりと眠ってしまった。
なんやかんやで慣れない人付き合いをしながらの調査をして、結構疲れていたようだ。
「タイラーさん、タイラーさん、起きてください」
ゆさゆさと身体を揺らされなんとか目を開けると、そこには眠たそうに目をとろんとさせているルルの姿があった。
どうやら自分達の番が回ってきたらしい。
テントを出ると、隣には同じようなサイズのテントが二つほど並んでいる。
タイラーと比較すると三倍くらいの速度で設営を終えた『戦乙女』のメンバー達はぐっすりと眠っているようだ。
「ぐごごごががぁ~~」
右側のテントからは、ウィドウの馬鹿でかいいびきが聞こえてくる。
彼女と同室しているエルザは、きっと悪夢を見ていることだろう。
比較的月明かりが当たる場所を野営地に選んだので、テントと周囲を見渡せるくらいには月光が降り注いでいる。
テントに引火しないよう、少し離れた位置で薪をくべながら火を焚いていく。
パチパチとはぜる炎を見ていると、よく見る安眠用の炎の動画を思い出し眠くなってくる。
なんとか我慢したいが、ガムを噛むわけにもいかず、とりあえず水魔法でばしゃばしゃと顔を洗った。
「今日はその……大変お見苦しいところをお見せしてしまいまして……」
「魔法に関心があるのはいいことだろ。『魔術師っていうのは少し度が過ぎてるくらいでちょうど良い』――俺の師匠の言葉だよ」
「魔術師の母も、似たようなことを言ってました」
「なるほど、お母さんの教え方が良かったんだな」
ルルの魔術師としての力量は、なるほどこれがミスリルランクかと思えるほどに高かった。
彼女は火・水・土の三属性を使いこなし、それに加えて回復や魔物特攻のある聖属性魔法も使うことができる。
火・水・風・土・聖・魔の六属性のうち四つを使えるんだから、現代においてはかなりのエリートだ(ちなみにだが、聖属性と魔属性に適性があるものはかなり少ない。四元素魔法などという呼び方をするのもそのためだ)。
また一つ一つの属性に関する造詣も深く、俺のように魔法名を口にするだけで魔法を使える詠唱破棄まではいかずとも、詠唱を無理矢理短縮する詠唱省略の技術を持っていた。
俺が知っている他の魔術師は、最大でも二つまでしか属性を使えていなかった。
現代魔術師ではかなり腕の良い方なのは間違いない。
俺が教えれば、詠唱破棄くらいなら問題なくできるようになるだろう。
無詠唱はもって生まれた言語センス次第なので、使えるかどうかは微妙なところだが……かくいう俺も使えないし。
「でもタイラーさんって、すごい魔術師だったんですね」
「そうか? 俺はどこにでもいる普通の魔術師だよ」
とぼけた顔をするが、ルルはだまされてはくれなかった。
なるべく手の内をさらさないように魔法はストーンバレットしか使っていなかったのだが、それでも詠唱破棄を使ったりはしてたし、色々と感づかれているような気がしないでもない。
まあ、俺一人ならどうとでもなるからと、ちょっと気を抜いてもいるしな。
睡眠導入としては有能な炎は、夜番の大敵だ。
顔を上げると、こちらを見つめるルルと視線が合う。
気がつけば彼女は、常に被り続けていた三角帽を外す。
俺は彼女が常に帽子を被り続けていた理由を、ここに至って始めて理解した。
彼女の耳は、普通の人と比べるとわずかにとがり、横に伸びている。
ルルは――エルフの血を引いているのだろう。
耳の長さから考えると、恐らくハーフかクォーターあたりだろう。
血に対してうるさいエルフ社会では、色々と厳しい思いもしてきたことはずだ。
だがエルフの血を引いているとなれば、魔法に関する造詣が深いのも頷ける。
月光に照らされ輝く美貌をさらすその姿は、幻想的に思えるほどに美しい。
どこか神聖ささえ感じ、冒しがたい厳かさを感じてしまう。
ルルの姿を見つめていると、ふとその姿が、とある人物と重なった。
「メルレイア師匠……」
俺に魔法を教えてくれた師匠であり、俺が何度も死にかけるハメになったその元凶でもあり。
母のような存在で、同時に俺の初恋の人でもあった……エルフ族のメルレイア師匠。
ルルの横顔に、どこか師匠の面影を感じたのだ。
そんなこと、あるはずがないのに。
エルフは美男美女揃いで、顔立ちも似ていることが多い。
そのせいで勘違いをしてしまったのだろう。
ふと、涙が出そうになった。
あれから、三百年だ。
みんなみんな、俺のことを置いて先にいってしまった。
あんなに好きだった師匠だって……間違いなく、もうこの世にはいない。
その事実に、久しく感じていなかった寂寥感が疼いた。
そんな寂しさを消し飛ばしたのは、不思議そうな顔をするルルの一言だった。
「もしかしてタイラーさんって……私のおばあちゃんと、お知り合いなんですか?」
ルルの言葉を聞いて、頭の中が真っ白になる。
嘘だろ、ルルが……師匠の、孫?
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