第9話
「ああ、それなら構わんぞ。何しに行くんだ?」
「森の一番奥にいる異変を探しに行くのよ」
エルザの言葉を聞くと同時、俺は立ち上がった。
そしてそのまま部屋を出て、出入り口のドアへと向かおうとする。
「帰るわ、あとは皆さんでごゆっくり」
「帰るな! 一回オッケーしたんだから帰るなっ!」
だが流石剣士なだけのことはあり、エルザはものすごい早さで追いついてきた。
そして胸元をぎゅうぎゅうと掴みながら、しがみついてくる。
残念美人って、彼女みたいな人のことを言うのかもしれない。
感じる柔らかな感触には少しドキリとするが、中身が残念な子なせいもあってか不思議と理性は保てていた。
話は聞くと約束したので、とりあえず再度座り直す。
エルザは気がつけば向こうの椅子に座り直して、見事に女騎士然とした凜々しい態度に戻っている。
そんなんじゃ、さっきの醜態は取り消せないぞ。
……ってよく見るとちょっと頬が赤くなってる。どうやら羞恥心は感じてるようだ。
「で、答えなさいよ。それ、『収納袋』よね?」
「……うーむ」
どうやらかなり確信がありそうなので、否定してもあまり意味はなさそうな感じがする。
しっかし、一体どこからバレたんだろう。
傍から見たらただのリュックに見えるよう、結構注意を払っていたつもりだったんだが……。
「重さと、音かな」
「……重さと音?」
「うん、タイラーさんってオークの肉をお肉屋さんに納品してるでしょ? ちょっと前にタイラーさんを見かけたとき、動きが重いものを持ってる人の重心の動き方じゃなかったんだよね。違和感があったから良く観察してみたらリュックが全然ローブに食い込んでないし、リュックの中で物がこすれ合う音もしないと来た。そこで確信したの」
どうやらこのリュックの正体に感づいたのは斥候役のライザらしい。
色んな情報を集めて、正解にたどり着いた。
しっかし、重さと音か……盲点だったな。
たしかにリュックは背負ってたけど、重たいフリをしたことはなかった。
それに音でバレるとしたら、正直どうしようもないな。
他の奴らが感づくのも、時間の問題な気がする。
「私ね、目と耳には自信があるんだ。だから他の人にバレたりすることはまずないと思うよ」
「もちろん私達も言うつもりはないわ。タイラーが一緒に依頼を受けてくれないなら、ついうっかり口が滑っちゃうかもしれないけど」
そう言ってすまし顔をするエルザ。
俺のことを脅すつもりか……。
――まあ、効かないんですけどね!(最強無敵)
ぶっちゃけ、俺は既に依頼を受けてもいいと思い始めている。
たとえガルの森の奥深くにどんだけヤバい魔物がいても、俺だけテレポートで逃げてくれば死ぬことはないからな。
それに俺のことを脅して連れて行こうとする奴らなら、置いていっても良心も痛まないし。
ついでに俺の『収納袋』の正体を知っている奴らをまとめて消せるから一石二鳥でもある。
「ああ、その通り。俺が持ってるこれは『収納袋』だよ。まあ容量は……大きめの家一件分ってところかな」
俺の言葉に、おおっと周囲から甲高い歓声が湧く。
入る量を少なめに申告しておいて正解だったっぽいな。
現在のディスグラドでは『収納袋』自体かなり貴重なものらしい。
実質容量無限なことがバレれば、まず間違いなく王室献上案件だ。
なので口が裂けても真実は言えない。
「俺を連れて行くのは、いわゆるポーターとしてって認識で合ってるか?」
「ええ、魔術師とはいえ銀ランクのあなたに多くを求めるつもりはないわ。荷物持ちとして私達の物資をその『収納袋』の中に入れてくれれば、それだけで十分。当然報酬は、人数分の頭割りで払うわ。それに別途依頼代と危険手当も出すつもり」
「大盤振る舞いだな」
「あなたにはそれだけの価値があるってことよ」
言葉だけ聞くと勘違いしそうになるな。
あなた(の道具)にはの間違いだろ。
まあ無理矢理襲ったり盗んだりしようとはせず平和裡に交渉してくれるだけマシな相手だと思うことにするか。
けど、ガルの森の最奥部ってミスリルランクでもたどり着けないって聞いたことあるが……なぜ命の危険を冒してまで奥へ行こうとするんだろうか。
そもそもまだまともに踏破されてないから、どれだけの深さがあるかさえわかってないって聞くぞ。
そんなところに入るなんて一体どれだけの時間がかかるか……あ、なるほど。
少しでも生存確率を上げるために、大量の荷物を入れられる俺の『収納袋』に目をつけたってわけか。
ただ奥まで行ったら俺ばかり守っているわけにはいかないだろう。
もしかしたら俺が死んだら遺留品として受け取れる……くらいの淡い期待は持ってるかもしれないな。
……よし、決めた。
もし何か起こったら、有無を言わさずテレポートで緊急脱出することにしよう。
最悪国を出れば、ディスグラドでもまだまだ立て直しは利くし。
というわけで俺は『戦乙女』の臨時ポーターとして、ガルの森の探索に同行することになるのだった――。
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