第8話


 一応俺的には、結構な覚悟をしてきたつもりだった。


 なにせ俺の秘密を知っているという相手との交渉だ。

 そんなもん、普通に考えれば穏やかになるはずがない。


 まず間違いなく武力衝突になるだろうし、そうすれば力を隠すだのなんだのとは言っていられない。

 どんな結果になるにせよ、俺は力を使うことになり、この街で今までの暮らしをすることは難しくなるだろう……。


 そんな風に考えて、普段は目立ちたくないからという理由ではめていないいくつかの指輪をそっと装着し、完全に臨戦態勢を整えてから来たのだ。

 だが事実は小説より奇なり。

 事態は俺の想像の完全に斜め上を行っていた。


「エルザさん、それ!」


「私はそれじゃありません」


「エルザ、おかわり」


「それくらい自分でよそいなさいな」


「……(がつがつがつがつ)」



 ありのまま今起こっていることを話そう。


 戦うつもりで家にやってきたはずなのに、俺はいつのまにか開催されていた食事会で女の子達に囲まれていた。


 ……え、なんで?(素朴な疑問)



 大きく深呼吸をして冷静さを取り戻してから、目の前できゃあきゃあとはしゃいでいる『戦乙女』の面々を確認していく。



 その数は合わせて五人。

 俺を誘ってきたエルザに、先ほどいの一番に騒いでいたライザ。


 そして後の三人はそれぞれ魔法使いらしき三角帽を被った女の子と、大剣を肌身離さず持っている大柄な女の子、背中に弓を背負いこちらを睨んでいるセミロングの女の子だ。


 女の子が五人もいると、エネルギーがすごいな。

 おじさん、完全に圧倒されちゃうヨ……なんて、おじさん構文を使ってる場合じゃなかった。


 俺は果たして、何をしているんだろう?

 記憶が正しければ、話し合いにやってきたような気がするんだが……?


「あ、あの、タイラーさんすみません。うちは皆、結構騒がしくて……ご飯を食べたら少し落ち着くと思いますので……」


 気付けば隣にやって来ていた、魔法使い風の女の子の言葉にとりあえず頷いておく。

 なんだか予想外の連続で疲れたな。


 こんなんでいきなりバトルモードに切り替わったりはしないだろう。

 不自然にならないように指輪を外してから、コップに注がれた水を飲む。


「エルザ、この飯は俺も食っていいんだよな?」


「ええもちろん、うちの子達が手ずから作ったから、どれも絶品よ」


「それなら、遠慮なく」


 俺の前にはほかほかと湯気を立てている料理達。

 取り皿とトングが置かれていて、自分で好きなように取っていくビュッフェスタイルのようだ。

 せっかく食べていいと言ってくれているのだから、一切遠慮せずバクバクと食べ始める。


 自信ありげなだけのことはあり、たしかにめちゃくちゃ美味い。

 味付けも俺が食堂で食べ慣れた『味なんか濃ければ濃いだけええやろ』みたいな大量に塩をぶち込んだだけの料理とは一線を画している。


 卵料理やスープは洋食に近いのだが、その味付けは和食のように繊細だ。

 少し薄めな味付けなおかげで、するすると入っていく。

 気が付けば俺は大剣使いの女の子と同様、おかわりを所望してしまっていた。


 食事を終えるとデザートまで出てきた。

 なんでもイラの街の女性に大人気のゼリーらしい。

 食べるとフルーツ寒天のような味で、こちらもなかなか美味しかった。


「へへっ、アンタいい食べっぷりだな。あたしはウィドウってんだ、食べ仲間としてよろしく!」


「いや、食べ仲間ってなんだよ……まあとりあえず、よろしく。タイラーだ」


 大女改めウィドウがニカッと笑いながら、こちらに手を差し出してくる。

 少し躊躇したが、俺も手を出して握手を交わす。

 長く剣を握り続けた者特有の、固くてがっしりとした手のひらの感触が返ってきた。


「タイラー、あんた女の子みたいな手してるな」


「もしかすると、お前の手が男っぽいだけかもしれないぞ?」


「あっはっはっ、たしかに!」


 何が面白いのかケタケタと笑いながら、ぶんぶんと手を上下に振られる。

 ちょ、おま……勢いがっ、激しっ!

 あ、握手で肩が外れそうになったぞ……とんでもない馬鹿力だ。


「私はアイリス。得意なのは風魔法。変なことしようとしたら、切り刻むから」


 背中に弓を背負っている小柄な子が、こちらを射殺さんばかりにキッと睨んでくる。

 彼女だけは俺が入ってきてからもずっと、何かあれば背中の弓に手をかけられるよう臨戦態勢を維持したままだった。


 これは完全に俺の予想なんだが。

 恐らく『戦乙女』の男嫌いという噂は、彼女に起因しているんじゃなかろうか。

 他の子達、わりとフランクだし。


「わ、私はルルです。タイラーさんと同じ、魔術師をさせてもらってます」


 ぺこりと頭を下げるのは、魔女が被ってそうな三角帽をなぜか家の中でも着けっぱなしの少女だ。

 金髪碧眼で恐ろしいほど整った顔立ちは、どこか人形めいているようにも見える。


 ……ん?

 なんだかどこかで見たことがあるような気が……いや、多分気のせいだろう。

 自慢じゃないが、この街の俺の交友関係は自分でもビビるほど狭いからな(本当に自慢じゃない)。


 食事が終わり自己紹介をした今がちょうどいいタイミングと思ったのか、エルザはようやく俺をここに連れて来た目的を教えてくれた。

 そして俺は彼女の言葉を聞いて……頬が緩むのを押さえられなかった。


「タイラー、もし良ければ私達と一緒にガルの森の探索に付き合ってくれないかしら。あなたのそのリュック……多分だけど、『収納袋』でしょ?」


 秘密って俺じゃなくて、『収納袋』そっちの方でしたか。

 ――助かったぁ~~っ!

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