第7話

「この場では話しづらいこともあるだろうから場所を変えたいんだけど……どうかしら」


「構わない」


 周りに大量の人の目がある場所で変なことを言われてしまえば、取り返しがつかなくなる可能性も考えられる。


 全員の口封じなんてまず現実的じゃないから、下手をすれば国を出なくちゃいけなくなるかもしれない。


「おい、なんでエルザ様があんな普通そうなやつと……」


「つぅかあいつ誰だよ?」


「あいつがタイラーだよ。ほら、一時期有名になった腐れ魔術師の……」


 どうやらエルザは冒険者の中の高嶺の花というやつらしく、周囲の冒険者達の視線は完全に彼女に釘付けになっていた。


 他のテーブルにいる冒険者達の声がこっちにまで聞こえてくる。

 腐れ魔術師ってなんだよ……俺そんな呼ばれ方してたの?

 普通にショックなんだが……。


 衝撃の事実を知って気落ちするが、すぐに立ち上がる。

 ちらちらと向けられる視線も気分のいいものではなかったので、エルザの提案の通りにギルドを後にするべきだろう。


「じゃあまた後でな、マッガス」


「おお、帰ってきたら酒の肴にさせろよ」


「その代わり全部マッガスの奢りな」


「……ああ、わかったよ」


 俺とエルザの間に広がっている何かを感じ取ったからか、マッガスの顔は少しだけ緊張しているように見えた。

 俺は他の奴らの視線は完全にシャットアウトして、黙ってエルザの後についていく。




 歩いていく先は店が大量に立ち並んでいるイラの大通りではなく、住宅が密集している住宅街の方だった。


「店に行くんじゃないのか?」


「それだと誰かに聞かれるかもしれないでしょ? だから行き先は私達が暮らしてる家よ」


「そうか」


 それだと既に事情を知ってるのは、エルザだけじゃなさそうだな。

 パーティー内である程度話をしていると考えて良さそうだ。


 複数人を口封じするとなると、物騒な手段しか思い浮かばない。

 できれば平和的な話し合いで済んだらいいんだが……。


 というかこいつらは一体どこから俺の正体にたどり着いた?

 たしかに珍しい物品を食べたり飲んだりはしているが、相手や場所はきっちりと選んでいるつもりだ。


 現代日本の便利グッズだって、人がいるところではほとんど使ったことはない。

 異世界から転移してきたと一発でわかるようなものは誰にも見せていないはずだ。


 色々と考えているうちに、『戦乙女』で借りているという借家へとやって来た。

 周りは閑静な住宅街で、家は二階建ての木造立ての一軒家だった。


 中に入るとパーティーメンバーに女性しかいないというだけのことはあり、シェアハウスだというのにきちんと整頓されている。

 ゴミもしっかりと分別していて、大学生の部屋なんかよりよほど綺麗に燃える。


 ガチャリとどこかのドアが開く。

 それからとことこと階段を下る音。

 廊下の先の方から、女の子が一人降りてきた。


「あ、エルザさんお帰りな……エルザさんが……男を連れて来たああああああああああっっ!?」


 叫びながらすごい勢いで階段を駆け上がっていくのは、銀髪を短く切り揃えたボーイッシュな女の子だった。

 女性というより女の子という感じで、身体もかなり平坦。

 年齢的には、まだ二十歳にもなっていないように見えた。


「今のがうちの斥候のライザ。普段は結構騒がしいけど、仕事をする時はきちんと静かだから安心して」


「あんな子と良くシェアハウスできるな……俺ならすぐに耐えられなくなりそうだ」


「もう慣れたわ」


 ただ斥候としての腕は確かなのだろう。

 ものすごいガチャガチャとした動きで走っていったにもかかわらず、まったくと言っていいほどに足音がしていなかった。


 ライザに少し遅れる形で、またガチャガチャといくつかのドアが開く。

 そして……


「「エルザさんが、男を連れて来たああああああっっ!?」」


 皆がびっくりするくらい同じ反応をした。

 それを見て俺は……なんだか毒気が抜けてしまった。

 これじゃあ、気を張り詰めてやってきたこっちがバカみたいじゃないか。


「なぁ、俺もう帰っていい?」


「駄目よ、ちゃんと話をさせてちょうだい。あの子達は……今すぐ黙らせるから」

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