第6話

「タイラーはここ最近、何か違和感を感じてねぇか?」


「違和感……って言われてもな」


 稼ぎが良く気前も一緒に良くなっているマッガスに飯を奢ってもらいながら、話をしていると、急にそんな台詞が飛び出してきた。

 俺は毎日適当に魔物を間引いてるだけだからな……そもそも気に止めてすらいなかった。


「妙に魔物が多い気がするんだよ……ほら、ここ最近お前に飯ばっかり奢ってるだろ?」


「……言われてみると、たしかに」


 ここ最近、マッガスの羽振りが良くなかったことがない。

 食費が浮くに越したことはないからと、ほとんど毎日ご相伴にあずかってるし。


 マッガスの稼ぎがいいってことは、その分だけこいつが所属している『男の浪漫』が激戦をくぐり抜けたってことだ。

 魔物の数が増えているのか、それとも一匹一匹の魔物が凶暴化しているのか……聞いてみると、俺の感だがと付け加えた上でマッガスが続ける。


「多分だが……森の奥に何かいるな。そいつに追い立てられて、魔物がこっちまで来てるんだろう」


 イラの街の東側には、大量の魔物が生息しているガルの森という場所がある。

 どういうわけかここの森からは、魔物が倒しても倒しても湧いて出てくる。


 そのため冒険者達は、魔物が絶滅することも気にすることもなくイラの街で活動することができているのだ(もちろん俺も、基本討伐系の依頼はガルの森でこなしている)。


 ガルの森は奥に行けば行くほど魔物が強くなっていくため、マッガスのような金ランクですら最奥にはたどり着けていない。

 そうなると強力な魔物ですらビビってこっちに来るような化け物がいるってことになるが……。


「そんなこと、考えても仕方がないだろ。なるようになるさ」


「お、お前なぁ……イラの街の冒険者であろう男が、そんなんでいいのかよ」


 呆れたように言うマッガス。

 俺とこいつでは、そもそもの前提条件が違う。


 俺もイラの街は嫌いじゃないが、それでも別にここにものすごい愛着があるかと言われればそういうわけでもないのだ。

 たとえばイラの街で俺がなんらかの疑いを持たれたりしたら、俺はすぐに別の街に向かうだろう。ここより寂れてはいたが、もっと前世の俺の屋敷に近い街に行ったっていい。


 肉体に引っ張られているからか、それとも二十七年もの俺の経験がそうさせるのか……前世の記憶こそあるものの、俺は自分のことを日本人だと思っている。

 なので帰属意識も、こちらより日本へ対するものの方が強い。


 多分日本に隕石が落ちてくるとなったら全力で魔法を使ってなんとかするだろう。

 だがイラの街のためにそれをするかと言われると……正直微妙だな。

 まだ二ヶ月半くらいしか暮らしてないし。


「薄情者だなぁ、お前は。明日から奢りナシな」


「イラのためならなんだってするぜ、イラで暮らす皆のことを放っておけるわけがねぇ!」


「調子のいいことばっかり抜かしやがって……」


 呆れた様子のマッガスは、俺が思いきり胸を張ると大きな大きなため息を吐いた。

 勢いがすごすぎて、酒臭い息がこっちに突風のように飛んでくる。


「そんなこというマッガスだって、別に奥まで行って原因を突き止めるつもりはないだろ?」


「ん……ああ、まぁな。命あっての物種だしよ。一応いつもより深めに潜るくらいのことはさせてもらうつもりだが……それが今の俺らの限界だな」


 俺のことをなじっていたマッガスだが、こいつだって別にそこまでイラに固執しているわけじゃない。

 いくつもの街を練り歩いて、一番稼ぎが良かったからここに居続けているというだけだ。


 冒険者は自由だが、その分全てを自己責任という体の良い言葉で片付けられてしまう。

 国という縛りはないが、何かがあっても国に頼ることはできず、自分達で対応しなければならないのだ。


 恐らく今のマッガス達は、このままイラの街にいるべきかどうかを天秤にかけているのだろう。

 俺に聞いてきたのも、そのために必要な判断の材料を集めているからなのかもしれない。


「おい嬢ちゃん、注文を……」


 後ろにやってきた人影に、マッガスが赤ら顔で振り返る。

 先払いの料金に若干のチップを混ぜた代金を手に持って身体を回転させた彼は……そのまま持っていた小銭を取り落とした。


「『戦乙女(ヴァルキュリア)』のエルザ……」


 後ろに立っていたのは、こちらに向けてにこやかな笑みを浮かべて注文を受けてくれるウェイトレスではなく。

 不機嫌そうな顔をした、冷たい印象の美人だった。


 『戦乙女』って……この街唯一のミスリルランク冒険者だよな。

 パーティーメンバーが女性しかいない、男嫌いの集まりだって聞いたことがある。

 エルザはたしか、そこのリーダーだったはずだ。

 俺はギルド自体にあんまりいたことがないから、当然ながら見るのは初めてである。


 『戦乙女』のメンバーらしきその神経質そうな女性は、こちらを見つめていた。


 ――そう、彼女はマッガスではなく、俺を見つめていたのだ。


「タイラー、今からいいかしら?」


「遠慮しておく」


 厄介ごとの匂いを嗅ぎ取った俺は、即座にその場を後にしようとする。

 立ち上がりそのままギルドを出ようとした瞬間、耳に顔を近づけられる。

 ふわりと甘めの香水の匂いが香り不意に心臓が高鳴るが、すぐにそれどころではなくなった。


「――私はあなたの秘密を知ってるわ」


「……話だけは聞くよ。ただ、聞くだけだからな」


 ガリガリと頭を掻きながら、マッガスに負けないほどの大きなため息を吐く。

 ドカッと椅子に座り直しながら、エルザのことをじっと見つめた。

 ……最悪の場合、こいつを口封じ・・・して別の街に移動する必要があるかもしれない。


 こいつは一体……どこまで知ってる?

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