第5話


 俺は現在、週三でテレワークをする契約社員という雇用形態で会社に残っている。

 仕事をどこでやってもいいため、他の奴らからはノマドと言われうらやましがられることも多い。


 だがこれは現代日本の悪いところというか……俺はなぜか、定期的に出社しなければならない義務を負わされていた。


 なんでも上の方の人間が、進捗状況を確認するためには直接顔を合わせるのが一番いいと言い出したのが原因らしい。

 そんなことしなくていいでしょ(正論)。


 課長の理不尽な説教を適当に聞き流し、申し訳なさそうな顔をしながらあくびをかみ殺すという社畜御用達のテクニックを使いながら、なんとか進捗報告を終える。


 部下を詰めるための部屋と化している応接室を出ると、皆は以前と何一つ変わらず業務に勤しんでいた。

 すると視界に、以前俺が使っていた机が見える。

 そういえば、しばらくは中途を入れるつもりはないって言ってたな。

 せっかく来たんだし、定時くらいまではオフィスで仕事やってくか。



 現在は大きめのプロジェクトを終えたばかりなので、基本的に定時上がりが可能になっている。

 さっさと家に帰ろうとすると、見知った顔が目の前に現れた。


「鏡さん、お久しぶりです。もしよければ飲みにでもいきませんか?」


「ああ、いいぞ」


 金髪を逆立てて不良少年みたいな見た目をしているこの男こそ、うちのエースの五反田だ。


 うちの会社は髪や見た目の縛りはかなり緩いので、社員もわりと見た目は好きなようにしている。


 俺より一期下なので後輩なんだが、俺が正社員をしていた時も既にあり得ない量の仕事を任されていた。


 体育系上がりの理系で、学生の頃から技術系の同人誌を出しているコンピューターヲタクだったらしく、仕事がとにかく早い。

 誇張なく常に二人分以上の仕事をしているから、五反田には他の奴らの倍の給料は上げてもバチは当たらないと思う。


 というわけで、俺の行きつけの居酒屋(めちゃめちゃチェーン店)に行くことになった。




「鏡さん、ぶっちゃけテレワークってどうですか?」


「楽だな、とにかくそれに尽きる」


「いいっすねぇ、ワークライフバランスを重視する生き方が、鏡さんっぽいです」


「どれだけ褒めてもワリカンだからな」


「ちぇっ、ケチんぼだ、鏡さん」


「金がないんだよ……いや本当に」


「またまたぁ……急に辞めましたし、実はおじいちゃんの莫大な遺産とか入ってきて、悠々自適なFIRE生活してるんじゃないですか?」


 FIREというのはファイナンシャルインデペンデンス・リタイアアーリーの略で、簡単に言えば経済的に自立して早めに仕事を辞めることをさしている。


 FIREねぇ……ぶっちゃけ俺も異世界との二拠点生活ができるようになった時点で、ちょっと期待したさ。


 異世界と日本を行ったり来たりして物品を売り買いすれば大もうけ!


 向こうから金を運んでボロ儲けして、働かずに食べるご飯はスペシャルに美味しい!

 そんな風に考えている時期が、俺にもありました……。


 ちょっと悲しくながら五反田と別れる。

 居酒屋の代金は、財布の痛みと格闘しながらも俺が出した。


 ぐぅ、食費節約のために、明日からしばらくは向こうで飯食うか……。








「しっかし、どうしたもんかね……」


「どうかしたんですか?」


 俺は基本的に一匹狼で過ごしているため、誰かと話をする機会がほとんどない。

 そのため俺が何か悩んでいる時の相談相手は、大抵の場合『可能亭』の看板娘のアンナだ。

 ……あれ、俺ってもしかして寂しい人間?


「いや、なんか楽な稼ぎ方がないかなぁと思って」


「そんなものがあるなら、私もお母さんも宿屋やってません」


 ぐぅの音も出ないとはまさにこのこと。

 ただしそれはこのディスグラドに住んでいる人ならば、だ。

 俺には異世界と地球を行き来できるという馬鹿でかいメリットがあるからな。


 これを使えば利益を出すくらいは簡単に……できなかったんだよなぁ、これが。









 今より二月ほど前、テレワーク(定期的な出社あり)という謎の仕事をやっていた俺は、課長の説教(という名のストレス発散)に付き合ってあげている時、唐突に思い立った。




 そうだ、仕事、辞めよう。




 金策に走ろうという固く決意した俺は家に帰ってから色々と調べ……そして絶望した。

 現代日本では、誰にもバレずに金を稼ぐということがあまりにも難しかったのだ。



 まず最初に思いついたのは、ディスグラドと地球の貴金属類の交換レートの差を利用することだ。

 ぶっちゃけ銅の値段はディスグラドの方が安かったりするが、昨今は金なんかはすごい高騰しているって聞くしさ。


 イラの街では十進法が取られており、銅貨十枚が大銅貨一枚に、大銅貨十枚が銀貨一枚に、銀貨十枚が金貨一枚に、そして金貨十枚が大金貨十枚と大体同じ価値だ(もちろん両替をする場合には、手数料はかかるけどな)。


 俺が目を付けたのは、銀貨と金貨の比率だ。

 ほとんど同じ大きさと重さであるため、イラでは銀と金の交換レートは大雑把に10:1になる。

 これが現代日本だと、相場によって若干の変動はあるがおおよそ20:1だ。


 つまりどういうことかって?

 簡単だ――こっちの銀を向こうで金に変えてから持ってくれば、倍の価値になるのだ!


 正しく現代の錬金術、俺は等価交換の原則を守れているのだろうか……と不安になりながらも、この事実に気付いた時は小躍りしたね。

 けれど現実は、あまりにも非情だった。


 簡単な話だ。

 現代日本では、税金からは逃れられない。


 銀を買うところまでは問題なくできても、こちらで金を換金する場合には、誰もが恐れるあの四文字――確定申告をしなくてはならないのだ。


 詳しく調べてみたところ、働いてる人であれば年に二十万以内なら確定申告をしなくてもいいらしいが……いや、二十万て。


 そんな額では到底暮らせない。

 つまり現代の錬金術師として生きていくなら大量の金を売る必要がある。


 そして出所不明の金を大量に持っている謎の人物は……目立つ。

 決して目立ってはいけない俺は、この方法を取るのを諦めた。


 同じくディスグラドの物品をこちらで『異世界』や『エスニック』風のものとして売るのも難しい。

 税務署調査が入って出所を聞かれたら、まともに答えることができないからだ。

 だからといっていざという時のいいわけができるほど、ネトオクやフリマアプリでの売買に精を出そうとも思えない。


 つまり要約すると……俺は全然金がないし、金策も思いつかないということだ!


 俺にできるのは、最悪しらを切れる消え物の食べ物や調味料を持ち込むことや、現代日本の便利グッズでこっちである程度快適に過ごすくらいだ。


 まあこれくらいが、俺にはちょうど良いのかもしれない。

 何事も、過ぎたるは及ばざるがごとしって言うしさ。


「お客さんの中にも、働きたくないといってよくわからない商品の取引きをし始める人も何人かいます。けどその中で、本当にお金持ちになった人は一人も見たことがありません。人間、真面目が一番ですよ」


 たしかにアンナの言う通り、人間欲を掻くとろくなことがない。

 俺も彼女の言う通り、真面目に働くことにしよう。


「アンナは人間ができてるなぁ、よしよし」


「わっぷ……子供扱いしないでくださいっ!」

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