第4話


「はい、それではゴブリンの討伐報酬と魔石、合わせて銀貨一枚と銅貨三枚になります」


「うぃ~」


 依頼をこなし、ギルドで依頼達成の報告を行う。

 基本的に冒険者の依頼達成に関しては自己申告制だが、虚偽の報告というのはほとんどない。


 もし発覚した場合にかなり重いペナルティが課されるからな。

 それで何らかの問題が発生した場合、一発でギルドカードを没収されこの大陸で冒険者ができなくなってしまうことだってある。


 冒険者というのは大抵が力があるだけのろくでなしなので、これ以外の食い扶持がない奴らがほとんど。

 だからそんな馬鹿なことはしないのだ。


「タイラーさん、一杯飲んでいきませんか?」


「遠慮しとくよ、ギルド併設の酒場は高い」


「ちぇっ、タイラーさんのケチ」


 冒険者ギルドには大抵の場合、受付カウンターからさほど離れていないところに酒場が併設されている。


 ギルドの酒場は基本的に酒も飯も、余所の食堂と比べると微妙に高いから俺はあまり利用しない。


 だが俺みたいなやつは、実は冒険者全体で見るとかなりの少数派だ。


 というのもこの酒場、ウェイターもウェイトレスも、明らかに顔選抜してるだろって位の美男美女揃いなのである。

 そのため依頼を達成して気持ちが大きくなっている冒険者達は、コロッと彼らに転がされてしまうわけだ。


 チップを上げたり酒を飲ませたりもするから、純粋な酒場というより冒険者ギルドがやってるコンカフェみたいな感じと言えばわかりやすいかもしれない。


 報酬を受け取って財布の紐が緩くなっている冒険者達を的確に狙うギルドの魂胆が透けて見えて、なんか冷めちゃうんだよな……。


 だがこんな俺でも、ギルドの酒場を利用する時がまったくないわけではない。


「おっ、アースボアーのステーキ銅貨二枚じゃん。前言撤回、ここで食べてくわ」


「毎度あり~、チップくれてもいいよ?」


「考えとく」


「あはは、絶対くれない人の言葉~」


 それがギルドが買い取りすぎて余っている魔物の肉がだぶついている時だ。

 とにかく大量の魔物素材を解体しては卸していく冒険者ギルドには、当然ながら大量の素材が集まる。


 その中には、生ものなせいで時間制限があったり、大量発生したせいで処分しきれないようものも定期的に出てくる。

 それらがそろそろ処理しきれなくてヤバいとなってくると、在庫処分よろしく魔物なんかの肉料理が格安で食べることができるのだ。


 ケチと言うなかれ。

 これも立派なライフハックである。


 料理を頼み、テーブルを見渡す。

 お一人様っていうのも寂しいし、適当に知り合いでも探すか。

 図体のデカい見知った禿げ頭が見えたので、空いている椅子に座らせてもらう。


「よぉ、タイラーじゃねぇか」


「おーマッガス、景気はどうだ?」


「今日は狩ってきた赤オークが金貨三枚で捌けたから、まあぼちぼちだな!」


 上機嫌にエールを飲み干しているのは、斧使いのマッガスだ。

 初対面の子供ならまず間違いなく泣き出すしてしまうほどの強面の大男である。


 その身長は二メートルを軽く超えており、とにかく縦にも横にもデカい。

 なんでもかつて戦闘の化身と勇名を馳せた巨人族の血を引いているからなんだとか。

 腕が俺の胴ほどもあるゴリゴリの前衛職で、ランクは俺の一つ上の金だ。


 見た目はめちゃくちゃ物騒だが、案外優しいところもあるやつで、イラの街にやって来てからは色々と面倒を見てもらったりもしている。

 恩人兼悪友のような、立ち位置の難しい男である。


「しっかしタイラー、お前はやっぱり変なやつだよなぁ」


「どこがだ? 俺ほど常識を持ち合わせた魔術師はそうはいないはずだが」


「お前魔術師なのに、なんでソロでゴブリン退治なんかやってんだよ」


「……そんなの個人の勝手だろ。俺はほどほどに生きていきたいんだよ」


 魔術師というのは、冒険者界隈では結構重宝される。

 まあ、一人居るだけで色々と便利だからな。


 ある程度の魔術師なら強弓の射手よりも強烈な遠距離攻撃を放てるし、わざわざ魔道具や魔石を持ち運ぶ必要がなくなるためパーティーの荷にも大分余裕ができる。


 今まで何度か同業者から勧誘を受けたこともあるが、『俺は便利屋じゃない』と言って、その全てを断っている。


 誰かといると本気の装備もつけられないし、現代アイテムも使えないし、めちゃくちゃ不便だからな……。


 それにぶっちゃけ抱えている秘密が多すぎるから、一人の方が圧倒的に気楽なのである。


 そんな風にそっけない態度ばかり取っているため、中にはお高く止まった魔術師と俺を揶揄する奴らもいると聞く。


 マッガスはそんな風にあまりなれ合わない俺にも適度な距離感で接してくれるから、非常に付き合いやすいのだ。

 なので頼まれた時なんかは、依頼を一緒にしたりすることもある。


「ほら、奢ってやるからお前も飲めよ」


「それなら遠慮なく」


 十分な稼ぎが得られたらしいマッガスにエールをもらい、ちびちびと飲んでいく。

 気付けば食え食えとせき立てられ、食事まで奢ってもらうことになっていた。


 エールはぬるくてマズいが……こういう場は、嫌いじゃない。

 酒も飲んで気分も良くなってきた。


 もらってばかりでは悪いと言うことで、俺もリュックの中から木の容器を取り出す。

 空になったエールのジョッキに注ぐのは、琥珀色の液体――ウィスキーだ。


 飲みニケーション文化が盛んな冒険者という仕事柄、俺は常にウィスキーを持ち歩くようにしている。


 貴重な酒には目がない野郎共は、こいつを振る舞うと色々と便宜を図ってくれるからだ。

 ちなみに俺は酒に弱いため、こうして時折誰かに振る舞わないとまったく中身は減っていかない。


「マッガス、これ飲んでいいぞ」


「それは……まさかウェシュキかっ!?」


「誰にも言うなよ」


「あ、当たり前だろうっ。こんな貴重な酒、誰にも渡さねぇよ!」


 こそこそと小声になり、デカい図体を縮こまらせながら、ウィスキーをストレートで飲み始める。


 一応ちびちび飲んではいるんだが、巨体のちびちびは普通でいうところのごくごくだったらしく、あっという間に飲み干してしまった。

 相変わらずこいつは酒強いな……。


 さっきより気持ち顔が赤くなったマッガスが立ち上がり、出口を指さした。


「よし、二件目行くぞタイラー!」


「しゃあないな……お前のおごりな?」


「ああ、さっきの礼だ、今日は朝まで飲むぞ!」


 俺はあれだけ酒を飲んでもまだ足取りがしっかりとしているマッガスを見て苦笑しながら、二件目の酒場へと向かうのだった――。

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