第3話

 俺が一週間の半分近くを過ごしている街は、その名をイラという。


 辺境にある、大きくもなければ小さくもない街だ。


 近くにはある程度魔物も出現するため、そこそこに冒険者の活動も盛んな場所だ。


 俺がとある理由からこの街を選び、ほどほどに活躍をしていた。




「ほい、オークの魔石」




「ありがとうございます、タイラーさん」




 ギルドに行き、オークの討伐依頼の完遂を報告しにいく。


 ぶっちゃけ魔石を売るだけなら魔道具店に売った方が高いんだが、討伐依頼の報酬を考えるとギルドに卸した方が金になるようにできている。


 まるで事前に取り決めしてあるかのような価格設定だし実際談合とかしてるだろうから、現代ならカルテルとかで訴えられてると思う。




「タイラーさんはずっとソロでやっていくつもりなんですか?」




「どうしたんだよ、藪から棒に」




「ヤブカラボウ……?」




 あ、またやっちまった。


 つい出てしまった日本語を、なんでもないとごまかす。


 こんな風に日本で使う慣用句を使うと、ディスグラドでは通じないことも多い。


 自動翻訳されたりするわけじゃないから、言い回しを考えなくちゃいけないのはちょっと面倒だったりする。




「ああすまん、なんでもない。俺は……今のところソロをやめるつもりはないかな。何せ気楽だし」




「タイラーさんのような優秀な魔術師の方には、是非パーティーを組んでいただきもっとランクを上げていただきたいのですが……」




「ランク上げにはまったく興味がなくてね。俺はほどほどの暮らしがしたいから」




「欲のないことですね、もったいない……」




 受付嬢の残念な人を見るような目を軽く受け流しながら、もらった報酬をポケットに突っ込む。




 冒険者にはランクがあり鉄、銅、銀、金、ミスリル、オリハルコンの順に上がっていく。


 俺のランクは銀。


 強さ的には中の上くらいで、ベテランならまあなれるかなってくらいのランクだ。




 ちなみにこれ以上ランクを上げるつもりがないため、あまり強い魔物を倒しすぎないようにしている。




 俺は日本とディスグラドを行き来する上である信条を立てた。


 それはとにかく、目立ち過ぎないこと。




 日本で異世界グッズを使ってる姿が監視カメラに写れば一発アウトだし、現代文明によって生み出された便利グッズを魔道具と言い続けるのには流石に限界がある。




 そのため現代日本の文明の利器は基本的に人に見えないところでしか使わないし、前世の頃に俺が使っていた魔道具や魔法触媒も今は一つも身に付けていない。


 あれ、今だとかなり高級品になってるみたいだからな。


 一見するとボロにしか見えないから、ローブだけは使ってるけど。




(しっかし三百年かぁ……国が残ってたのは嬉しいけど、知り合いに会ったりするのは難しいだろうなぁ)




 前世の俺がこの世界で死んでから既に三百年もの時間が経過していた。


 当時生きていた俺の魔術師仲間は、誰一人として生きてはいないだろう。


 長命のエルフでも、寿命は二百年ちょいだしな。




 それを知った時は少しだけ悲しかったけど、今はもう気持ちの整理も付いている。


 どっかで一度墓参りの一つくらいはしてもいいかなって思うくらいには。




 ちなみにこの三百年の間、俺が前世の時に生きていたキャメロン王国は地図から消えていなかった。


 イラもキャメロン王国の一領土である。


 領主の名前は……なんて言ったかな、ど忘れしたわ。




 以前のように魔物との戦いがさほど激しくないからか、魔法や魔道具のレベルは明らかに落ちている。


 そのせいで当時としても高級品だった俺の私物は、使えば目立ちすぎてしまう。


 そのためそのほとんどを、使わずに死蔵する羽目になってしまっている。


 まともに使ってるのは『収納袋』とローブだけだ。


 若者の魔法離れ、悲しいね……。




「それじゃあな~」




「あ、ちょっとタイラーさん!」




 受付嬢のミーシャの勧誘を軽く受け流しながら、ギルドを後にする。


 ギルドとしては一人で魔物を狩ってこれる俺の実力を遊ばせておきたくないらしいが……悪いな、俺はずっと遊んでいたいのだ。


 心はずっと少年だからな。




 ギルドを出たら、次に向かうのは肉屋だ。


 肉体労働者が多い濃い味付け肉が好まれるこの場所では、わりとすぐに駄目になる生肉には高い需要がある。




「よぉおっちゃん、オーク肉売りに来たぜ」




「おぉ助かるぜ。それとおっちゃんじゃなくて、お兄さんな?」




 オーク肉を馴染みの肉屋のおっちゃんのところで売り払う。


 普通のリュックでも入れられる量の肉を取り出してから、換金してもらう。


 すると今日の稼ぎは、しめて銀貨二枚と銅貨五枚になった。


 宿屋の宿泊費が銅貨五枚だから、宿泊するだけなら五泊はいける。


 諸々の生活費も込みだと、まあ三日生きていけるくらいだろうか。








 宿泊している宿屋に向かうと、入り口のところには看板娘のアンナが立っていた。


 長髪のブロンズが似合う、かわいらしい女の子だ。




「んしょ、んしょ……」




 中腰になって何かやっていると思ったら、どうやらほうきを使って入り口付近の落ち葉を一カ所に集めているようだ。




「お疲れさまです、タイラーさん」




「おおアンナ、精が出るな」




 俺が泊まっているのは、『可能亭』という宿屋だ。


 素泊まりだけなら銅貨五枚。


 泊まれる部屋は、この価格帯にしては異常なほどに手入れが行き届いている。




 というのもこの宿屋は飯やお湯なんかのオプションをつけて、一泊銀貨一枚くらいで泊まるのが普通だからだ。


 だが俺はガチで素泊まりしかしないため、銅貨五枚で部屋だけを借りさせてもらっている。


 向こうからしたら明らかにシブ客だと思うのだが、アンナはそれでも嫌な顔一つせずに笑顔で受け答えをしてくれる。




 その笑顔、プライスレス。


 でもオプションを付ける気はあまりない。


 目立ちすぎないように活動しようとすると、そんなに金が稼げないのよ……。




 だが流石に俺にも良心がある。


 なので還元は、オプション以外のことですることにしよう。




「手伝うよ」




 せめてものお礼ということで、アンナの落ち葉集めを手伝っていく。


 風魔法を使って落ち葉を一箇所に集め、その上に四角い覆いを作る。


 四方を囲んでからまず上側を開き、ついでに前の側に落ち葉を足せるように穴を作った。




「一瞬で掃除終わっちゃいました! やっぱり魔術師さんはすごいですね! うちにも一人ほしいです!」




「そんな家電みたいに」




「カデン……? ていうか、何してるんですか?」




 首をかしげているアンナに笑いかける。


 俺が作った即席調理場を見て、更に首の角度が上がる。




「なに、せっかくだからBBQでもするかと思ってな」




 落ち葉を燃やせるように、少し火力高めで火魔法を使う。


 『収納袋』から金網を取り出して、燃えている落ち葉の上に来るように固定させる。


 そしてその上に、今日の食事用に残していた分厚いオーク肉を乗せていく。




「今日獲ったオークの肉だ。もしよければ、一緒に食べるか?」




「はい、食べます! オークのお肉、おいしいですよね!」




 オーク肉のステーキはアンナには少しハードだと思ったので、風魔法で細かく切ったオーク肉を鉄串で刺し、肉串にしてあげることにした。




 肉を焼きながら軽く塩を振っていく。


 オーク肉の味はかなり豚に近いため、食中毒はちと怖い。よく焼いておかないとな。


 両面をこんがり焼いたら再度塩を振る。




 俺はステーキを切り分けて口に運び、アンナはオークの肉串に控えめにかぶりついた。




「おいしいぃ~、しわわふぇれふ~」




「脂がかなり乗ってるんだが、不思議とクドくない。良い肉だよなぁ、本当に」




 食べ進める手は止まらず、あっという間に一枚平らげてしまった。


 年を取ったからかここ最近脂っぽい成型肉は受け付けなくなってきているが、そんな俺でもぺろりと食べられてしまう。




 例えるなら、脂がしつこくないアグー豚とかイベリコ豚みたいな感じだ。


 日本でこれと同じクオリティのものを食べようとすれば、間違いなく一葉さんが飛んでいくことだろう。




「よし、二枚目行くから焼いておいてくれ」




「はいっ、任せてください!」




 同じく串を食べきっていたアンナに火加減を任せ、俺は『収納袋』からとあるものを取り出した。




「それ、水筒ですか?」




「もっといいものだぞ、ふふふ……」




 怪しい笑みをこぼしながら、水筒を軽く振る。


 そして蓋を開いて匂いを嗅げば、慣れ親しんだ香辛料やフルーツの混じった、玄妙な香りがした。




「肉にこいつを付けて食べてみな、飛ぶぞ……」




「飛んでいっちゃうくらいに美味しいってことですね……(ごくり)」




 俺が取り出したのは、焼き肉のタレだ(当然ながら容器はこっちのものに移し変えている)。


 向こうではワンコインで買えるタレでも、塩と香草くらいしかまともに調味料のないこの世界では金貨にも勝る価値がある。




 もちろん売ったら足が付くから、個人的に楽しむだけだ。


 アンナには……まあ幸せのお裾分けってことで。




「な……なんですかこれっ! 甘くて……しょっぱくて……いくつもの味が複雑に絡み合ってます!」




「ふふっ、これは我が家に伝わる秘伝のタレでな……あまり量は作れないんだが、なかなかいいだろう」




 アンナは目を白黒させながら一心不乱に肉を食べていた。


 どうやら焼き肉のタレの魔力に完全にとりつかれてしまったらしく、既に三本目の串に手が届こうとしている。




 俺はそんなアンナを尻目に、また別の水筒を取り出してステーキにかけていく。


 近場のステーキ屋さんで買った、ガーリックオニオンソースだ。




「やっぱりニンニクが利いてると肉の臭みが完全になくなるよなぁ……」




 匂いに気付いたアンナに一口分けてあげてから、俺は彼女に残酷な真実を教えてやることにした。




「これを食べると、めちゃくちゃ口が臭くなるんだよ」




「なっ――なんてもの食べさせるんですか!?」




「でも美味しいだろう」




「悔しい……でも食べちゃうっ! ……(もぐもぐもぐもぐ)」




 旨みと企業努力に耐えきることができず、オーク肉の前に屈してしまうアンナ。


 果たして彼女の明日はどっちだ?




 つい前世の記憶から衝動的に激辛ソースに手を伸ばして舌がおかしくなったり。


 それをアンナに食べさせると案外彼女は辛いの平気だということが判明したり。


 わいわいと二人で騒ぎながら野外BBQを楽しんでいるうちに、あっという間に時間が過ぎていく。




 ちなみに別れ際、アンナは完全にニンニクの虜になっていた。


 恐らく彼女はもう、ニンニクなしでは生きていけないだろう。






 こんな風に俺の日々は、だるーっとした感じで続いていく。


 何か大きな事件が起こるわけじゃないが……こんな異世界生活も、なかなかどうして悪くない。

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