第2話



「普通に帰ってこれたな……」



 使い古された椅子の上には、一体の骸骨が座っている。


 両手の指先にはギラギラと指輪をつけていて、膝の上には七色に光る宝玉をはめ込んだ杖がある。


 どれもが一級品の魔道具で、中には俺が手ずから制作したものもある。




「うん、品質維持の魔法はかかったままだな」




 この屋敷はひっそりとした郊外に建っている。


 俺が死んでから、持っていたもの全てが朽ちるのは忍びないと、家全体に品質維持の魔法をかけていた。


 そのためぐるりと回ってみても、そのどれもが死ぬ前に見たものとまったく変わっていない。




 ただ正直盗られていると思っていたから、中身が完全に無事で少し驚いてすらいる。




 俺の実力は、客観的に見て上の下。


 一応上澄みには入っていたが、超一流の連中であれば屋敷内に仕掛けられた罠の解除や屋敷の外に配置している魔導ゴーレムも倒せてしまうはずだ。




 とりあえず指輪を手に付け直し、杖を持つ。


 そして骸骨の着ているローブを羽織った。




 なんとなく、黙祷を捧げる。


 ありがとう前世の俺。とりあえず、ありがたく使わせてもらいます。




 屋敷の中で使えそうなものを、かたっぱしから『収納袋』に入れていく。


 背嚢型のこの魔道具は、以前師匠に作ってもらった容量がほぼ無制限のとんでもない代物だ。




「そういえば師匠、生きてるのかな……」




 俺が死んでから、こっちの世界――ディスグラドでどれくらいの月日が経っているんだろう。


 あの人は長命なエルフだったから百年くらいなら今も生きていると思うけど……。


 あとでちょっと調べてみるか。幸い、時間ならあるしな。




「週末にまた来よう。平日に異世界に来ても、明日のことを考えて散策すらできないのが、社畜のつらいところだよな……」




 ……待てよ?


 転移魔法でこっちにこれたんだし、もういっそのこと異世界で生きていってもいいのでは?




 いや、それだとちょっとマズいか。


 何せオタク文化にどっぷり染まり、美食に慣れ親しんだ俺が完全にこっちの世界に染まれるかは怪しい。




 俺の記憶でもこっちの飯はかなりマズかったし、それに魔物が出たりして結構物騒だ。


 その分魔法を使う機会も多いから、どっちがいいとも一概には言えないけどさ。




 それに俺はこっちの世界に普通に両親いるし。


 ある程度生活基盤を作ったら、父さんと母さん、こっちの世界に連れてきてみようかな。




 そんなことを思いながら俺は再び地球へと戻り、明日のプレゼンのための資料作成に戻るのだった……。












「なんだい平君、君本気で言ってるのかね? せっかくの正社員待遇なのにいいの? 契約社員になりたいだなんて……」




「まあ、いいです。やりたいこと、見つかったんで」




 少し悩んだ末、俺は正社員を辞めて契約社員としてテレワークで働くことにした。


 完全に異世界に移住するのも色々と不便だし、こっちでガチガチに正社員で働くとディスグラドに行く時間が取れない。




 異世界での生活もこっちの生活も捨てがたいため、両取りしたい俺が出した結論だった。




「しっかし……ノマドっていうのかい? 最近の若い子は変わってるねぇ。普通もっとガシガシ働いて稼ぎたいと思うもんじゃないかね」




「ちょっと田舎の方でのんびりと仕事したいなと思いまして。お金は……まあ最低限でいいんで」




「はぁ、欲がないんだな……どのあたりなんだ? 限界集落とかだと、ただで家が借りれると聞いたことがある」




 なぜか課長は田舎移住に関する詳しい知識を持っていた。


 もしかすると老後、郊外とかで暮らしたいと思っているのかもしれないな。


 前世の記憶を取り戻して少し余裕が出てきたからか、課長の相手をするのも前ほど嫌ではなくなっていた。


 そんな自分に驚きながら、窓の外の都会のビル群に目を向ける。




「すごく遠くの……物騒な場所ですよ」




「ああたしかに、野山だとイノシシとか出るっていうものな」




 苦笑しながら答える俺に、うんうんと頷く課長。


 ホントのことなんか言えるはずがない。


 ……イノシシなんかめじゃないくらい物騒な魔物達が出てくる異世界だ、なんてさ。










「ボオオオオオッッ!!」




 迫ってくるのは豚の顔をした二足歩行の魔物であるオークだ。


 ドスドスと足音を立てながら歩くその体躯は軽く二メートルを超えており、その横幅も俺二人分くらいはある。




 脂肪の層も厚いが、棍棒を手に持っている右腕に走っている脈動する筋を血管を見れば、その下にはみっちりと筋肉が詰まっていることがわかる。


 走る速度もアスリート並に速いし、社会人生活を続けて貧弱になった俺とは比べものにならない身体能力だ。


 まあ、別に問題ないんだけどな。




「ストーンバレット」




 前方にこぶし大の土の弾丸を射出する。


 高速で放たれた一撃は見事オークの頭を貫通し、一瞬で絶命させた。


 頭に大きな穴が空いたオークの身体が、そのまま地面に沈む。




 土魔法が四属性の中で一番コスパがいいため、この程度の魔法では魔力はほとんど減らない。


 地味だけど好きだぜ、土魔法。




「面倒だが、血抜きをするか……」




 オークの四肢をロープで引っ張ってから木に引っかけてひっくり返す。


 血抜きが適当だと味がイマイチなのは、日本もディスグラドも一緒だ。


 前に食ったフィリピンレストランで、血抜きが甘いせいで妙な味のする鶏肉、マズかったな……。




 しばらく血を抜いてから解体し、ブロックにわけていく。


 ちらちらと周囲を見てからそっと取り出したのは、100均で買った安物のラップだ。


 売らない分をラップで巻いてから水魔法を使って凍らせ、『収納袋』の中に入れていく。簡易的な冷凍庫だ。


 『収納袋』の中だと時間経過が非常に緩やかなものになるため、これで三ヶ月程度なら保つ。




「ふぅ、魔法と文明の利器に感謝だな」




 そして俺は今回肉屋に卸す分のオークの肉を『収納袋』に入れ、最後にオークの胸にある魔石を採取して腰に提げたポシェットに入れる(もちろんポシェットは現代のものではなく、その辺の雑貨屋で買ったものである)。




 あ、ちなみに魔石っていうのは魔物から採れるエネルギー源のことだ。


 基本的に魔道具は魔石を消費して使う。


 使用者や大気から魔力を吸収する吸魔機構は便利だが、それを作るために必要な素材や触媒が多いため、あまり使われてはいない。




 日常生活でわりと必須な点火の魔道具や水を出す魔道具なんかも、魔石がなくては動かない。


 そのため魔石というのは、常に需要が供給を上回っている。


 冒険者なんていう荒くれ者が未だ街での活動を許されているのは、彼らが生活必需品を取ってくれるからというのも、非常に大きいのだ。




「さて、帰るか」




 そう、そしてこの俺――タイラーもまた、そんな冒険者の一人だ。


 前世の記憶を思い出してから三ヶ月ほど。


 俺はわりと、この世界に馴染みつつあった。

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