アラサー魔術師のゆる~いハーレムライフ  ~異世界と現代を行き来してのんびり暮らします~

しんこせい(5月は2冊刊行!)

第1話

「まったく困るよぉ鏡君、君は本当にコードの書き方が……このままじゃ納期が……」




 ガミガミ、ガミガミと言いつのられる上司の三田課長の言葉を右から左へと聞き流す。


 全体の進捗管理もできないくせによく言うよ。


 お前がこうやって意味のない説教をして無駄にした時間は、チーム全体でカバーしなくちゃいけないんだぞ。


 納期はたしか……一週間後だよな。


 あーあ、今日は終電前には帰れるかな……。












 ――社会に出てから知ったことは、結局のところ社会というのは学校と大して変わらないということだった。




 結局のところ、一番大切なのは純粋に仕事のできる能力ではなく、よりコミュニケーションを上手く取れること。


 仕事ができるやつよりも上司に気に入られるやつが勝ち、誰からも好かれるか誰からも嫌われないやつが出世をしていくというつまらない事実。




 俺、鏡かがみ平たいらは昔から勉強ができた。


 いや、勉強は・できたといった方がいいかもしれない。




 人から言われたことや、出された課題をこなすことは得意だ。


 忍耐力や集中力もある方だから、受験だって問題なく突破できた。




 知的探究心も強い方だと思う。


 気になったことがあれば夜通し調べているのも苦にならないし、知りたいもののためなら金も時間も惜しんだことはない。




 けどこの日本社会に致命的に不向きなことに、俺は人付き合いというのが大の苦手だった。




 人付き合いには答えがない。


 何冊か本を読んである程度受け答えをパターン化したおかげで無難な解答はできる。


 だけど仲良く付き合っていくうちにぼろが出るから、友達もほとんどいない。




 サークル選びに失敗し、就職活動にも失敗し……今では立派な社畜だ。


 コードも書けない課長に、コードが美しくないと怒られる毎日。




 まあこんな生活にももう慣れた。


 俺は課長に叱られないよう一瞬だけ時計を見てから、今日のお昼に何を食べるのかを考えだすのだった……。












 結局、今日は七時までの残業でなんとかなった。


 うちのエースである五反田が三人分の仕事をしてくれたおかげで、絶対に間に合わない進捗をギリギリ間に合わない進捗に変えてくれたからだ。


 ……冷静に考えておかしいだろ。普通にできる量の仕事を振ってくれよ。




 家に帰るために電車に乗られていく。


 帰宅ラッシュを終えた後の少し空いた私鉄は、考え事をするのにもってこいだ。


 つり革を握りながら外を見ると、綺麗な夜景と一緒に見たくもないくたびれた自分の姿が見えてくる。




(俺、このままの生活でいいのかな……)




 年収は四百万。


 額面で見るとそこまで悪くないが、この労働形態でこれしかもらえていないことを考えるとブラックの部類だろう。




 住んでいるのは主要の駅の一つ隣の1K。


 家賃は六万で、そこに水道光熱費やスマホ代、無線代なんかも足せば合わせて八万。


 自炊する体力は残ってないからコンビニ飯か外食で済ませるから食費だって馬鹿にならない。


 こんな状況じゃ、ボーナス以外で貯金をすることも難しい。




 実家暮らしが最強と言っていた同僚の気持ちもよくわかる。


 俺も実家が東京神奈川あたりにあれば、あいつみたく実家に甘えて好きなように金が使えてたんだろうなぁ。




 全体で見ると、可もなく不可もなく。


 名は体を表すかのように、俺の生活は世間一般の想像する中流階級そのものだった。




(はぁ……肩重……)




 ここ最近、身体の芯の方にある疲れが取れない。


 自分の身体が自分のものじゃないような違和感があって、どうにも体調が優れない。




 なんだかおかしいのだ。


 まるで本来俺が居る場所は、ここじゃないとでもいうみたいに……。
















 ――きっと必要だったのは、何か些細なとっかかりだったのだと思う。


 大きなイベントごとなんてもものは必要なく、小さなきっかけ一つあれば動き出すものだったのだ。




 最寄り駅について、エスカレーターを上っていく。


 スマホをいじる手を止めて、なんとなくガラス製の窓越しに見る景色を見つめる。




 向こう側に見えたのは、派手な電飾の光る激辛ラーメン屋。


 舌に感じるのは、ビリリという幻痛。


 うまみとも痛みとも言いづらいあの感覚がよみがえってきた見た瞬間……俺の記憶の蓋が、外れた。




「そういえば俺、魔術師だったわ」




 ぶわっと前世の記憶がよみがえり、思わずつぶやく。


 エスカレーターに乗っていたので、当然ながら前には人がいる。


 短いスカートを吐いている女性は、少しだけ表情をこわばらせながらスマホに視線を固定させていた。




 ああ……完全にヤバいやつだと思われたな。


 いや、もしかすると本当にヤバいやつなのかもしれないぞ。




 家に戻り、洗面台へ。


 日課である手洗いうがいをするために蛇口をひねろうとして……止める。




 試してみるか。


 この記憶が俺の作った妄想なのか、それとも現実にあったことなのか。




「クリエイトウォーター……っと、多い多い!」




 手を上に向けていたのと久しぶりに魔法を使うから加減がわからなくなっていたのが相まって、噴水のように上から水があふれ出してくる。


 勢いが高くて、かなり手を下げないと洗面台の壁を越えてしまいそうだ。




 冷静に考えて手を逆向きにすりゃあいいじゃんと気付く。


 コップに水を入れ、うがいをした。


 濡れた手にハンドソープをつけてから、再度クリエイトウォーターの魔法を使う。


 水を出している方の手はそのまま綺麗にできないので、ちょっと面倒だ。




 前世では結構ありがたがられた気がするんだが、現代社会だとなんだか微妙な能力だな……。




 激辛カップ麺を開け、俺が作った湯を入れる。


 これも電気ケトルで事足りるな……恐ろしいぜ、現代社会。


 三分待たずに、二分半で少し固めの麺を食べる。




「か、辛っ! まずっ! おえっ!」




 俺は辛いものが大嫌いで、大の苦手だ。


 だがなぜか、時折辛いものを衝動的に食べたくなる時があった。




 その理由がさっきようやくわかった。


 前世の俺は、辛いものが大好きだったのだ。




 とある出来事をきっかけに辛さに目覚めた前世の俺は、今と同じようにヒーヒー言いながら辛いものばかりを食べていた。


 記憶はなくなっていたとはいえ、前世の好みって現世にも関わるんだなぁ。




 なんとかしてラーメンを食べきってスープをシンクに捨ててから、一息。


 右の人差し指に魔力を込めてやると、ボッと小さな炎が灯った。




 魔力の流れがよどみなく、一本の線に電流を通すように素直に魔法が発動する。


 明らかに前世の頃と比べても、魔力操作が巧みになっている。


 それにどうやら、魔力量もずいぶんと増えているようだ。




「うーん、だがどうしたもんかな……」




 魔法が使えるというのはなかなかどうして悪くない。


 俺しか持ってない力って、なんかロマンがあるし。


 いいのだが……この力、果たして使う時が来るのだろうか?




 どうやら俺の魔法の力は前世と比べてかなり強力になっているらしい。


 だがそもそも、使うタイミングがまったくない。


 魔物被害や隣国との戦争もない平和な日本では、完全に無用の長物だ。




 大して独創性もない俺では、いいところびっくり人間としてインフルエンサーになる程度しか思いつかない。


 だが力がバレてどこぞの研究機関に連れてかれるのなんざまっぴらごめんだ。


 裏で秘密結社とかを作れたりするほど、コミュニケーション能力もないし。




 ……うん、決めた。


 とりあえずこの力は封印しておこう。


 使うことによるデメリットがあまりにもデカすぎる。




「なんというか……妙にリアルだな……」




 魔法が使えても使わない方がいいというあまりにもつまらない現実を前にしてくずおれる。




 便利すぎる現代社会の前では、魔法技術などさしてすごいものでもない。


 高度に発展した科学技術は、もはや魔法と遜色がないのだ……。




「ちょっと待てよ」




 ものまねとかではなく、純粋に立ち止まって考えてみる。


 つまりは発想の転換だ。


 こちらで魔法が使えないというのなら、あちらで使えばいい。




 何せ俺は全属性の魔法を使えるようになって始めて使用が解禁される星魔法の使い手。


 それに俺が前世で研究していたのは魂と肉体の量的な移動についてだ。


 もしかすると……。




「テレポート」




 魔法を発動させると、視界が一瞬で切り替わる。


 目の前に広がっているのは、かつて慣れ親しんでいた部屋の中。


 見慣れているはずなのに、どこか新鮮さを感じさせる……前世の俺の部屋だった。












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不遇職『テイマー』なせいでパーティーを追放されたので、辺境でスローライフを送ります ~役立たずと追放された男、辺境開拓の手腕は一流につき……!~



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