恋人とイヴとクリスマス


 仕事帰りに街中を歩けば、クリスマス一色になっていた。

 十一月に入ればお互い忙しくなり、週末のお泊まりもお出掛けから家の中で過ごすことが多くなっていた。

 そんな中、気が付けばクリスマスの時期だ。クリスマスが終われば年末、正月とイベントが続いている。

 無意識に出たため息は、白く染まり消えていった。

 今年は暖冬だ、なんて言っていたがいつも通り寒い。暖かいのは昼だけのようだ。

 都会の冬。雪なんなそうそう降ることは無い。

 ホワイトクリスマスになるの確率は低いものだろう。

「来週かぁ……」

 クリスマスは来週だ。しかも平日。

 彼女とは来週末にやろうという話にはなっているが、会いたいなと思うのはクリスマスの雰囲気にのまれてる気もする。

 週末だけじゃなくても会えるなら会いたいとは思うけど。

 昔の自分から考えたら、今の自分の考えに驚くだろうな。

「行動しないと始まらないからねぇ」

 彼女の、前向きな考え方に影響されているのもあるのだろう。

 人気のフライドチキンのお店に足を向ける。その後は、彼女が気になっていると言っていたケーキ屋さんに。

 断られたらその時に考えればいい。

 そしてあとは……。



 家に着いてから自分の勢いと仕事終わりに動きすぎたことにより疲れが一気に来た。明日も仕事なのに何をしてるんだか。

 彼女にメッセージを送ったが既読もなし。今日も残業なんだろう。

 鉛のような体を動かし、ご飯を食べてお風呂に入ってベッドに潜り込む。

 瞼が落ちそうだけど、彼女からの連絡を確認したくて携帯に手を伸ばした。

「ふふっ」

 喜んでいるスタンプと共に嬉しいという旨のメッセージを見て顔が緩む。それに返信して目を瞑ると、意識はすぐにまどろみの中へと落ちていった。



 今週末は彼女は休出。私も休出とお互いの忙しさが災いしてお泊まりどころではなくなっていた。

 忙しくなるのはわかっていたが、こんなに忙しくなるなんて。仕方がないけど会えないのは寂しい。

 それでも連絡は密にしているし、なにより二十四日、二十五日は泊まりに来てくれると約束もした。あと数日。

「頑張るかぁ」

 仕事、家、仕事、家と繰り返していれば待ちに待った二十四日。

 定時で帰る。遅くても残業一時間。これを胸に秘め、とにかく仕事を終わらせていく。こつこつと仕事を終わらせていけば定時五分前には何とかやることを終えた。

 よしっ。心の中でガッツポーズを決めて、定時にあがった。

 帰り道に寄るのは二箇所。チキンのお店とケーキ屋さんだ。

 携帯を確認すると彼女からメッセージが届いていた。

「よしっ」

 思わず漏れ出てしまった言葉に恥ずかしくなりながらも、浮かれてしまうのは仕方がない。無事に彼女も定時で帰れたというメッセージを貰って、私の家の最寄り駅で待ち合わせにした。

 彼女が駅に着くのはもう数十分もかかるはず。その前にとお目当ての二箇所でチキンとケーキを受け取り、駅で待つ。

「おまたせ」

「お疲れさま」

「そっちもお疲れさま」

 彼女を労えば、お返しに労わられる。

「うわぁー、それってさこのイベントに欠かせないやつじゃん」

 手に持っている荷物を見て、彼女が嬉しそうにはしゃいでいる。はしゃぎ終えると私の手元から荷物を一つ持ってくれた。

「帰ろっか」

 さり気ないやり取りがなんだがむず痒くて。けど、嬉しくて、愛おしさが増していくのだ。


「ただいまー」

「おかえり。ただいま」

「おかえりー」

 いつものやり取りをして、手洗いうがいを済ませてから夕飯の支度に二人で取り掛かっていく。サラダは適当に作って、インスタントのコーンスープを温めれば完成だ。

「いただきます」

「いただきます」

 仕事終わり。お腹が空いてないわけがない。お互いに無言でチキンにかぶりつく。肉汁がじわっと出てきて美味しさが詰まっている。

「今日、用意してくれてありがとう」

「んーん、私がしたかっただけだから。こちらこそ明日も仕事なのに付き合ってくれてありがとう」

「それは、私も会いたかったから」

 お互いに相手を労いつつ、想いを伝える。いつもと変わらないけど、いつもとなんとなく違うのはクリスマスというイベントだからだろう。今日は前日のイヴだけど。

 チキンを食べ終えてお腹もいい感じでケーキはどうしようかなと考えていた頃、彼女がそわそわし始めていた。

「ケーキはいつ食べる?」

「食べれるなら今から食べようか」

「うんっ。じゃあ、私が用意してくる」

 よほど楽しみだったのか、紅茶とケーキを取り分けるお皿を用意してくれる。

 その間に、ケーキの入った箱を机の上に置いておく。

「開けていいよ」

 私は自分で選んだからケーキの中身を知っているが、彼女は知らない。だからこそ、彼女に開けて欲しいのだ。

 彼女ならきっと喜んでくれるはずだから。

「いいの?」

「いいよ」

 ケーキの箱をゆっくり開けていく彼女を見守る。

「うわぁ」

 ケーキと私を交互に見てくる仕草に笑いがこぼれてしまった。

「切るね」

 四号のケーキを四分の一に切り分けてくれる。その間、彼女から何味のケーキなのかは聞かれなかった。

 見た目はドームケーキだ。中にはいちごが入っている。ケーキの上にはサンタさんとトナカイのプラスチックの飾りが施されていた。

 無事に切り割れられたケーキを二人で食べる。

「んんー、これチーズケーキだ」

「好きでしょ?」

「すき。あとこのケーキ美味しい」

 嬉しそうに食べる仕草に、こっちまで嬉しくなってしまう。

 彼女の言うとおりチーズケーキも美味しい。

「気になってたケーキ屋さんのケーキも食べれてさ、幸せ」

 食べ終わったあとお腹を擦りながら彼女が目を瞑り始めた。

「寝る前にお風呂入って。ベッドでちゃんと寝る」

「はーい」

 お風呂は既にセットしてある。彼女は渋々、重たい腰を上げてお風呂場に向かった。その間、片付けをしたりして、彼女が出てくる前にお風呂場へと突入すると快く迎え入れてくれて、二人でさっき食べたケーキの感想をひたすら言い合ったのだ。

「じゃあ、電気消すよ」

「いいよー」

 やることを全て終わらせて彼女とベッドに横になる。

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 数分も立たないうちに彼女は夢の中へと旅立っていった。それを見送ってから彼女の後を追うように私も夢の中へと旅立つ。



「ねぇ、起きて」

 翌朝、彼女に揺さぶられながら起こされて目が覚めた。目敏い彼女のことだから、もうバレたのだろう。目はなかなか開かないが、口元がにやにやとしてしまう。

「これ、」

「私の独占欲の塊」

 無理やり目をこじ開けて彼女を見た。

「恋人がサンタクロースってこういうことじゃん」

 抱きしめられたと同時に呟かれた言葉でもうダメだった。盛大に吹き出して笑ってしまうと、彼女もつられてなのか笑っている。

 目覚ましより早い時間。クリスマスの早朝。抱きしめあってお互いを確かめ合う。幸せだ。

「メリークリスマス」

「メリークリスマス」

 お互いの首元に光るネックレス。彼女が喜んでくれてなによりだ。



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