お茶と栗きんとんと食べ比べ
秋といえば。読書、睡眠、芸術、音楽、紅葉、旅行等色々とある。
中でも食欲。私の中の秋といえばそれだった。
とりあえずご飯が美味しい。他の季節でも美味しいものはあるけれど、本能的なものなのか。この時期のご飯は特に美味しい気がするのだ。
しかも近頃の秋と言えば儚いほど短い。秋来てたのって思うくらいに。短し季節だからこそ堪能するべき時にするのだ。
「今回はなにをお取り寄せしたの?」
その短し季節に負けじと、その期間でしか味わえないものを取り寄せては彼女を呼んで食べている。
この前は四万十のモンブランを。今回は栗きんとんをお取り寄せしたのだ。食べ比べがしたいがために三種類ほど。
中津川の栗きんとん。職場でお土産に貰った栗きんとんに心を惹かれて、毎年といっていいほど取り寄せている。
「今日は栗きんとんを三種類」
「きたー! 中津川の栗きんとん。秋って感じするねぇ」
「ねっ。少しお高めの緑茶も買ったから入れてくる」
「ん、ありがとう。じゃあ、私は大人しく待機してまーす」
「そうしてて」
彼女の頭を一度撫でてからお茶を入れにキッチンに向かう。
彼女を見ると、机に肘をついてにこにこと栗きんとんを見守っていた。その姿にクスっと笑みがこぼれてしまう。
栗きんとんと共に取り寄せた緑茶の茶葉を急須に。茶さじが無い為ティースプーンで2杯入れる。その間、ケトルで沸いたお湯を湯のみに移し、お湯の温度を下げる。大体80度ほどになったら急須に移し一分程蒸らすのだ。
そうしたら再び湯のみに緑茶を入れる。
「いい感じかな」
湯のみを二つ手に持ち、彼女の元まで戻ると待ってましたとばかりの想像以上の目のキラキラに笑ってしまった。
「おまたせ」
「まってましたー。ありがとう」
ソワソワしてる彼女に笑いつつ、彼女と一緒に栗きんとんの箱の包装紙をそれぞれ剥がしていく。
お皿を持ってくるのを忘れてしまったけれど、そこはティッシュで代用。
それぞれの箱から一つずつ栗きんとんを出してティッシュの上に三種類並べる。
「どれからいこうかねぇ」
「私は右からいこうかな」
「じゃあ、私は左からいく」
お互い栗きんとんを包んでいる紙をペリペリと剥いていく。
「いただきまーす」
「私も。いただきまーす」
一口、口に含むと栗の風味が広がった。そのあとは滑らかさと少しだけ残っている栗の食感に、口の中が幸せだ。
一気に食べたいけれど、そうすると喉につっかえる。一気に食べたい衝動を抑えて一口ずつ、ゆっくりと食べていく。
「美味しいね」
「うん。美味しい」
お互い、一つ目の栗きんとんを食べ終えてお茶を啜る。
「このお茶も美味しい」
目を見開いて見てくる彼女にどや顔をおくりつける。
「この真ん中の栗きんとんのお店で、一緒にお茶も売ってて買ったの。栗きんとんに合うね」
「うん。合う」
お茶で口の中をリセットして、次はお互い真ん中の栗きんとん。またお茶で口の中をリセットして最後の栗きんとんを食べる。
「ねぇ、指輪のことでなにか言われた?」
最後の栗きんとんを食べてる最中に聞かれて、栗きんとんが変なところに入りそうになってむせる。
まぁまぁ、落ち着いてと言わんばかりに私の湯のみを渡され、お茶を飲んだ。
落ち着いてから彼女への質問に答える。
「言われたけど」
「けど? なんて言われたの?」
「お付き合いしてる人がいるんですねとか。もう長いんですかとか。いつもそういう話をしないからかな、なんかすごい聞かれた。あと、らぶらぶですって答えておいたよ」
「おぉー。例の後輩ちゃんは?」
「質問されたので彼女の自慢をしてきました。それに今度は飲みに誘われても、もう二人きりでは行かない」
喧嘩の原因にもなった後輩からの質問もあった。恥ずかしくて彼女には言えないが、かなり惚気けた自信がある。
なんだか恥ずかしくて目を合わせられず、残りの栗きんとんを口に含む。
「ふーん」
人の顔を見てニヤニヤしてきたから、怒っては無いはず。
「効果抜群っぽいね。贈ってよかった」
これで彼女の安心が得られるなら全然いい。彼女はプライバシーがあるからと嫌がったが、私の携帯だって見せたっていいのだ。
「そっちはどうなの?」
彼女の方はどうなんだろうか。人当たりもいい。コミュ力もある。私が想像する以上にモテるだろう。
「効果抜群だよ。ご飯の誘いが一気に減ったし、ようやく恋人がいるって信用してもらえたかな」
「そっか」
うん。本当に想像以上だった。
「少し妬いた?」
彼女の手が私の手を握り、指が絡む。そのまま薬指を、さすり、と愛おしそうに何度も撫で満足気に微笑んだ。
「そりゃあ……妬いた」
「あはは」
笑い事じゃない。
「私も同じだよ」
「あー……いつもごめん」
「いいよ。私のことが好きなのはわかってるから」
「うん。それでも。今まで無神経なことしてきてるからさ」
後輩のことにしろ。それこそ付き合い始めた頃なんて……。
「だったら、これから改めればいいんだよ」
私の彼女の器が大きすぎないか?
「すき。大好き」
「あはは。急に真顔で言い出すじゃん」
真顔で愛を囁き出す私に、彼女は満更でもなさそうだった。
「じゃあ、今からどの栗きんとんが好みだったか言いまーす」
いや、少しだけいい雰囲気になってたよね。
キスする予定でいたのに、ものの見事に雰囲気を変えられて少しだけしょぼんとしてしまう。いや、かなり残念がってしまった。
「あとでね。まずは秋の味覚を楽しも。せっかくお取り寄せしてくれたんだもん」
「ん……」
「いちゃいちゃはあとでたくさんできるから」
「はーい」
「はい、いいお返事」
手は繋いだまま。彼女と二人。好みの栗きんとんを伝え合う。次は彼女もお取り寄せをしたいと言うから、二人でなににしようかと選び、そのままポチりとボタンを押せば注文完了だ。
「来週までには来るって」
彼女が、嬉しそうにお取り寄せ完了メールを見せてくれる。
彼女と過ごせる来週末が、今からとても楽しみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます