喧嘩と仲直りと確認
彼女と喧嘩をした。
これまでに何度か喧嘩はしてきたけど、今回はお互い譲るに譲れなくなりヒートアップしてしまったのだ。そして彼女がそのまま私の家を後にしてしまった。
後悔先に立たず。
悔やんでも彼女が戻ってくる訳もなく。
なんなら追いかけもせず、そのままドアから出ていく彼女を見送ってしまったのだ。
きっかけは本当に些細なことだ。
けど彼女からしたら些細なことではなくて。
冷静になった今、彼女の言いたかったことが分かる。今更気づくなんて遅いのに。
何気ない会話の中で、私としてはなんでもない出来事をサラッと話したつもりだった。
ここのお店知ってるからの会話で、私が後輩の子に仕事帰りにご飯へ誘われて行ったことがあるって話し、そこからその後輩とは仲がいいかと聞かれたまでは良かったのだ。
「私のこと、よく可愛いって言ってくる子だよ」
この一言で彼女の表情が固くなったのが見てわかった。
後輩とは特別何かある訳では無い。ただの後輩だ。後輩が新人の時に一年間指導しただけ。本当にそれだけ。その時に何故か懐かれて、職場で時々会うと「可愛い」だの「かっこいい」だの褒めてくれたりする。
その話をした時に彼女はそこまで不機嫌さを出さなかったが、注意を受けたのだ。
「無自覚たらしなんだから気をつけてね」
その時は「うん」とだけ伝えておいたが、自分で無自覚たらしなんてよく分からない。それに何に対しての気をつけてなのかもよく分かってなかった。
彼女も職場の人と食事に行ったりもする。二人っきりでも。彼女にもそういう時があるから特に気にしていなかったのがいけなかったのか。
「その子とふたりっきりだったの?」
「うん。そうだよ」
そこから後輩の子とのご飯について説明したら、彼女の表情を更にくもらせてしまったのだ。
彼女の眉間に皺が寄ったのは、ご飯もそこそこにお酒を飲んだ後輩が酔っ払ってしまい、家まで送り届けたと伝えてからだと思う。
「その後輩の子ってお酒強かったよね。そうなる前に解散するのも先輩としての役目だと思うけど。あと、そういう時はひとことでも連絡はほしかった」
確かに後輩はお酒に強い。職場の行事で一度も酔ったところを見たことがなかった。それについても彼女に話したこともあったのだ。
彼女の表情がくもった理由を詳しく聞けば、いやきちんと話し合えばよかったのに、私がそこで適当に謝ってしまった。
それが良くなかった。
彼女が「謝ってほしいわけじゃない」と言うけれど、その時の私には彼女が怒る理由が分からなかったのだ。
怒ってる理由が分からないのに謝る。この行為は最悪だ。相手の逆鱗に触れてしまうのはもちろんだ。
そこから数回言葉を交わし、話が平行線のままヒートアップして彼女が家を出て行ってしまった。
冷静になった今、良く考えれば彼女が何を言いたかったのかが分かる。
私が彼女の立場なら……。
同じ態度にならなくても面白くは無い。
女同士だから。そんな理由では安心材料にならないのだ。後輩と私の距離感。普段は酔わないお酒で酔う。彼女には伝えてなかったが家に招かれた。
今思えば後輩はそこまで酔ってなかったのだろう。
直接的な言葉はもらっていないが、後輩が私に対する好意は少なからずあるのかもしれない。
どうしようか。
彼女に愛想を尽かされたかもしれない。ここまで言い合いになったのも初めてだった。
しかも家を飛び出ていってしまうほど。
もしかしたらもう手遅れかもしれない。彼女に嫌われてしまったかもしれない。そのうえ、今この現状をどうすればいいのかわからない。
携帯を片手に彼女に連絡を取ろうとするが指が動かなかった。
もし電話に出てもらえなかったら。
拒絶されたら。
負の感情は消えることなくどんどん湧いていく。
固まった指先が震えていた。
「嫌われたくないなぁ……」
漏れ出た言葉は弱く、鼻の奥がツンとしはじめた。
ぽたり。
落ちた雫は携帯の画面を濡らす。
そこからとめどなく溢れる涙は止まることを知らず、どんどん画面を濡らしていく。
どのくらい泣いていたのか。
暫くすると、玄関からドアが開く音が聞こえた。
「なんで、鍵閉めてないのっ。こんなんだから隙をつかれるんだよ」
出ていったはずの彼女が戻ってきたのだ。
鍵をしてない事も他のことにも怒っているが、私の顔を見た途端、言葉が止まった。
「ごめんね」
怒ってたはずの彼女が謝る。
悪いのは私なのに。
「泣かせたいわけじゃないの。ただ、もう少しだけ自覚してほしかったの。けど、大切な人を泣かせてたらだめだよね」
私の顔に触れる彼女の手が優しくて、ぼろぼろと泣き出せば彼女も泣いていた。
「戻ってきてくれてありがとう」
数分後、お互い泣き止んで彼女を抱きしめながらソファーに座る。
「嫌われたかと思った」
「それはない」
私の言葉に彼女が間を開けずに返答する。
「たくさん怒ってごめんね」
「ううん。それは、私が」
「ねぇ……」
話している途中で彼女に遮られる。
なにかと思えば瞼に一度唇を寄せられ、その熱が遠ざかっていくと共に彼女が自身の上着のポケットを漁り始めた。
取り出したのは少し細長い小さな四角い箱だ。その箱にはどこかのブランド名が書かれていた。
彼女がその箱を開けて中身を取り出す。
「は? えっ?」
戸惑っている私をよそに、彼女はいそいそとその中身を左手の薬指にはめてくれた。
「独占欲の塊」
彼女のワードチョイスに少しだけ笑ってしまった。
「と、予約」
シンプルなデザインの指輪はピッタリと左手の薬指におさまった。
「いつ……」
「寝てる時。いつか渡したいなって思ってたから調べておいて良かった。あと、お揃いだから」
箱の中にはもう一つ、同じデザインの指輪があった。
「これ、はめてもいい?」
「そのつもり」
箱から指輪を取りだして彼女の左手をそっと握る。
「手、震えてるね」
「そりゃあ、嬉しすぎて心が震えてるからね」
「座布団一枚あげよう」
「ありがとうございます」
クスクスと笑い合いながら彼女の左手の薬指に指輪をはめる。
彼女は嬉しそうに、左手をかざして眺めている。その表情はニンマリと満足気だ。
「これが予約なら、次は私から贈らせて」
「一緒に選んでくれるならいいよ」
「うん。その時になったら一緒に見に行こっか」
彼女の左手が私の左手を握る。お互いの薬指にはお揃いの指輪が光っている。
「ありがとう」
「どういたしまして」
互いに顔を見合せて笑う。嬉しくて、幸せで。色んな気持ちが織り交ざっているのに、ちょうどいい言葉が見つからなくてもどかしい。
「好きだよ」
ありったけの気持ちを込めて彼女に伝える。
「私の方がそれ以上に好きだよ」
したり顔の彼女が可愛くて抱きしめるとそれ以上の強さで抱きしめ返された。そしてまた二人で笑い合うのだ。
「ねぇ、」
「ん?」
「うちを出てってすぐに指輪を買いに行ったの?」
「そうだよ。いつか、いつかと思ってたけど遅すぎたなって思ったくらいでさ。急いで買いに行っちゃった。急ぎすぎて袋に入れてもらうのもまどろっこしくて、生でいいですって店員さんに言ったら苦笑いされちゃったけど、そのまま渡してくれて、そこから急いで帰ってきたってわけ。そしたら泣いてるんだもん。そのうえ鍵も閉めてなかったし、びっくりだよ」
「いや、それはすみません」
彼女らしい行動に今回も救われた。
「仲直りってことでいいの?」
「嫌なの?」
「嫌じゃないです。仲直りしたいです。なんならいちゃいちゃもしたいです」
「ふふん、許してあげる。いちゃいちゃもしよっか」
そのまま彼女をラグの上にゆっくりと押し倒す。
「ここじゃ嫌なんですけどー」
「かしこまりました」
彼女の腋と膝裏に手を差し込んで一気に持ち上げる。俗にお姫様抱っこというやつだ。
「これ、他の人にはやらないでよ……」
何故か両手で顔を覆ってしまった彼女だが、髪の隙間から見える耳がいつもより赤くなっているのに気がつく。
「他の誰にもしない」
ベッドに彼女を降ろす。
耳元に近寄り、彼女だけだと伝えれば顔を覆った指の隙間から、ちらりと目を合わせてくれる。
そこにキスをおくる。
何度かしていれば不服そうに、顔から手を外し唇を突き出してくる仕草に胸がキュンとした。
「私のことがどれくらい好きなのか教えて」
彼女の唇に自分の唇を寄せるとそのまま首に腕がまわり、二人でベッドに沈んでいく。
喧嘩した分、お互いの気持ちを存分に確かめ合うのだ。
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