想像と嫉妬と水着
「今度さ、プールか海にでも行く?」
なんでもない日のいつも通り。お家でまったりデート中。
彼女の視線の先には、テレビの特集でくまれた海やプールの映像が流れていた。この季節になれば暑さをしのげる一種の娯楽だ。
海に関しては海開きという、この期間限定感も相まって好きな人はこぞって行く。
プールは幼少期と違って温水プールなるものがたくさん出来た。冬でも味わえるプールもある。なんならジムでもプールに入れる。
そんなことをうっすら思いつつ、隣で真剣に見ている彼女に声をかけたのだが……。
「ううん。行かない」
てっきり行きたいのかな?と思っていただけに、その反応に少しだけ困ってしまった。
「あんまり好きじゃない?」
私は人混みが苦手だけど、彼女は大丈夫だ。
「好きでも嫌いでもないかな」
意外だった。イベントがなにかと好きな彼女だ。プールや海も夏のイベントなのは間違いないと思っていた。
「プールや海とか行きたいの?」
彼女が聞いてくる。
「ううん。けど、イベントごと好きじゃん。夏ならではのとかさ。今までプールや海には一度も行ったことが無かったし。私に合わせてくれてるならなんかなぁって。今年なら行けそうな気がしたのもあるし」
今更誘うとか我ながら自分勝手だとは思っている。
人混みが苦手。暑いのが苦手。海もそんなに好きでも無い。
だから、前に何度か行きたかったら友達とかと行ってきていいよと彼女には伝えていた。
けれど、彼女が行くことは一度としてなかったのだ。不思議に思って聞いたが、日焼けするじゃんとか無難な返ししか無かった気がする。
海が嫌い。プールが嫌だ。ということは彼女の口から聞いたことは無かった。
現に今だって海とプール特集の番組を真剣に見ていたし。
行きたくないわけではなさそうなんだよなぁ。
だからと言って、二つ返事で行こう、さぁ、行こうと誘えるだけの気力が自分にはないのが現状で。
そんな私に気を利かせて行かなかったりするのも嫌だなとか思ったりして。
考えれば考えるほど、どツボにはまる。
「…………だから」
隣にいるが、小さな声と早口で聞き取れなかった。だから、もう一度「どうしたの?」と聞き返すが彼女はそのまま口を閉ざしてしまった。
彼女の中のなにかに触れてしまったのだろうか。
この話題を出してから少しだけ不機嫌な気がするのは気のせいなのか。気のせいにしたい。気のせいであれ。
テレビの中の人が元気よく海の家を紹介している。
焼きそば、フランクフルト、ラーメン、たこ焼き、かき氷と昔に比べて、今時のお洒落な仕様になっていた。
海やプールで泳ぎたいとは思わないけれど、食べ物だけ食べに行くのもいいな。
こういうところで食べるものは、家で食べるのとまた違った美味しさがあるし。
あれから彼女に話しをかける雰囲気ではなくて、ひたすらテレビを見ている。
ちらっと横を見るが彼女の視線はテレビに向いたまま。しばらく見ていたが、私の方を一度も見てくれなくて少しだけ寂しくなってしまった。物理的距離は近いのに遠い。そんな錯覚を覚えるほどに。
視線を彼女からテレビに戻す。テレビでは次に海、プール関連で人気の水着の紹介をしていた。
「水着」
テレビから彼女に視線を即座に切り替えた。
「……みんなに見られるのが嫌だから」
彼女のプロポーションは悪くない。私から見ても羨ましいスタイルだと思う。だからと言って人に見せるとなると別だ。確かに彼女の身体を不特定多数に見られるのは気持ちのいいものでは無い。水着という面積の少ない服だ。今はセパレートや身体を隠すものも増えたけどもだ。
いや、これは全て私の考えだ。彼女は見られるのが嫌なのだ。それだけが事実。
新しく知った彼女の嫌なことを頭の中にインプットしておいた。
「私じゃないよ」
「えっ?」
「え?」
私じゃないよ、ということは彼女自身のことでは無いということだ。なら誰のことなのだろうか。
「えぇ……私のこと?」
私の言葉にこくんと彼女は頷いた。
まじかぁ。
「私の水着姿を見せたくないってこと?」
「うん」
彼女の拗ねたような反応に、にやにやしてしまいそうになる表情筋を引き締めた。
「一度も海とかプールに行ったことないよね」
「そうだけど……想像しただけで嫌だったから」
「そっかぁ……」
私の水着姿を想像して、それだけで嫌だから行きたくないと。なら彼女だけでも行くのはいいのでは?
彼女にそのことを伝えるが渋い顔をされた。
「私の水着姿が不特定多数に見られてもいいの?」
…………いやですねぇ。
「すみません。いやです」
彼女に頭を下げて顔を上げると、目が合ってお互いに吹き出した。
ふと気付いたのは、彼女から海やプールの類に一度も誘われたことがない事だ。
「付き合って結構経つけど、そういうところけっこう鈍いよね」
グサリ。彼女からの物言いに返す言葉もなかった。
彼女に興味が無い訳では無い。私と付き合うことによって彼女の好きなことが出来なくなるのが嫌なのだ。だから、彼女の水着姿が不特定多数に見られるのが嫌だとしても彼女が行きたいと言えば彼女の意思を尊重したいまではある。
「もうちょっと妬いてくれてもいいのに」
「妬いてるよ」
「うそ」
「嘘じゃない。嘘じゃないけどその事で縛りたくもない」
「縛ってくれてもいいのに」
「んぐっ」
変な意味では無いのは分かっているけれど、えも言われぬ変な色気に喉が詰まってしまった。
「ごめん。困らせた」
彼女は体育座りになって膝に顔をうずめてしまった。
「そうだね」
ピクリと肩が動いた彼女の頭を撫でる。そのまま髪を梳く。サラサラとこぼれ落ちる髪の毛をすくってまた梳くを繰り返す。
「かなり可愛すぎて、愛おしさが大渋滞で困ってる」
我ながら、なかなかくさいことを言っている自覚はある。
「だからさ、抱きしめさせて」
なにがだからなのだろうか。どうしたらそういうことになるのか、支離滅裂なのは分かっている。
けど、今大事なのはそこじゃない。
彼女の名前を呼ぶ。何度も呼んで手で髪を梳いて。
「ん」
膝から顔を上げた彼女のおでこは赤くなっていて、笑ってしまえばそのまま私の腕の中に勢いよく収まった。
「海やプールはいいや。けど水着姿は見たいから今度買いに行こっか」
「買ってどうするの?」
「お家でお風呂プールしちゃお」
「……いいよ」
彼女の抱きしめる力が強くなる。それに応えるように私もぎゅっと抱きしめた。
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