君と花火と約束
「私、これすきなんだ」
彼女の声に顔を上げてそっちの方に向く。ニカッと笑いながら、手に持っているものを見せてくれた。
「じゃじゃーん。へびはなびぃ」
似ても似つかない、青色のキャラクターのモノマネと共に見せてくれたのはヘビ花火だった。
商店街にある花火の問屋さんで、お互いにやりたいものを選んだのだが、まさかそれを買っていたとは……。
午後九時。大きな広場に彼女と来ていた。ここは花火してもいいと事前に調べてくれていたそうだ。
彼女のそういう行動力に毎回頭が上がらない。
そう言うと彼女は決まって、適材適所ってやつと返してくる。人には得手不得手があるのだ。それを補うのも、恋人ならではでしょというものらしい。
ヘビ花火に火をつける彼女を見つめる。
「地味だけどさ、なぁんか落ち着くんだよね」
「たしかに?」
私の不確かな反応にも関わらず、彼女は楽しそうに笑っている。
「通称うんこ花火って言うらしくてさ。かわいくない?」
「可愛くはないでしょ」
「えぇー」
黒い塊がもにもにと出てくるのをひたすら眺めていた。
今日、花火をする予定になったのも彼女の突発的な思いつきからだった。
花火大会も近々開催される季節だ。けれど、人も多い。彼女はともかく、私は人混みが苦手で。
そういうのも考慮してくれたのかもしれない。彼女の口からは聞いてはいないけど。
花火をやろうという彼女に返した言葉は、どこで、だった。我ながら可愛くない反応だと思う。
そんな反応だったにも関わらず、あれよあれよと今に至っているのだ。
「あぁー、終わっちゃった」
彼女の残念そうな声に深く入り浸っていた思考から浮上させられた。
「あと三個……」
彼女の行動を見守る。
「一気に点火」
残り三個のヘビ花火、全てに火がつけられた。煙と共にもにもにと出てくる様子はシュールだが面白い。
二人で笑いながらヘビ花火を見守り、出来上がったブツは全て回収してバケツの中に入れた。
「次はなにやる? なにやる?」
目をきらきらとさせ子供のようにはしゃぐ姿に、私もつられてしまう。
「じゃあ、次はこれにしよ」
打ち上げ花火のパラシュートが出るやつを取り出す。
「じゃーん! これ」
「それー、パラシュートのやつ」
「そう!」
二人でケラケラと笑いながら、打ち上げ花火をセットして火をつけた。
「何個出てくるんだっけ?」
「十個だよ」
「じゃあ多く取った方が勝ちね」
「よしっ、ノッた」
その言葉と同時にボンッと音がしてパラシュートが打ち上がる。それを大人二人がキャッキャと騒ぎながら取るのだ。
あいにく今日の広場は誰もいない。二人だけの貸し切りだった。
「うわぁー、まけたぁ」
彼女の手には四個。私の手には六個のパラシュートが握られている。
「はいっ、私の勝ちぃ」
にっししとぶいサインしながら彼女に勝ち誇る。
「そういえば、勝った方にはなにかあるの?」
花火直前で急遽決めたものだ。勝った方には何かあるのか決めていなかった。
「んーっと。どうしよっかぁ」
「帰りにアイスを買ってくれるとか?」
彼女は私の提案に首を縦に振ることは無かった。
「うーん……。そうだなぁ。一つだけなんでも言うこと聞いてあげる」
そのかわり、彼女が提案してきたのはなんでも言うことを聞いてくれると言うものだった。
なんでも?
アイスを買ってもらうのでもいい。けど、他のものでもいいとなると急に決められなくなってしまう。なんでもいいと言われると欲が出るのが人間だ。
彼女に見つめられる。気持ちは焦るが決められない。
「ほ、保留で」
「あはは、保留ね。いいよ。決まったら教えて」
「うん」
欲が出すぎて、すんなりと決められなかった。
「じゃあ次の花火はこれにしよっか」
彼女が買った本格的な打ち上げ花火。
空に舞い上がった花火は綺麗に花開いて散っていく。
「じゃあ、私はこれ」
彼女に見せたのは刀の形をした花火だ。彼女用と自分用に買っておいたのを、一本彼女に渡すとテンションが高くなった。
「これ、私も買おうか悩んでやめたやつ。うわぁ、楽しみ」
花火に火をつけて、なにもない方向に空を切る。
お互いにワーキャー言いながら刀の花火を振り回して遊ぶ。良い子は絶対に真似しちゃやつだろう。
それからは普段しないような花火をお互いに出し合い、一緒に騒いだ。
「ねぇ、もしかしてさ」
「うん。私は買ってないよ」
「私もだよ」
お互い、手持ち花火の醍醐味と言えるだろう立場の線香花火を買ってはいなかった。
二人で視線を合わせて笑い合う。
「ウケるね」
「まさかどっちも買ってなかったとか」
「ねー。線香花火が無くても充分楽しかったからいっかな」
「それはそう。お互いに選んだ花火の好みも面白かったし」
「またやりたいね」
もう、花火も全部終わってしまった。バケツの中の花火と使った場所を片付ける彼女の背中に声を掛ける。
「ねぇ。決まった」
「ん、なにが?」
「さっきの勝ったで賞のやつ」
「おぉ。何にしたの?」
なかなか言い出さない私に、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「来年のこの日に、また花火しよ」
彼女は、満面の笑みをこぼして勢いよく頷いてくれた。
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