暑さと熱とかき氷

 ミーンミンミンミンミン……。

「これミンミンゼミだね」

 クーラーが快適に効いた部屋で、窓を開けて外を見ている彼女が呟いた。

「冷気が逃げちゃうから窓閉めてー」

 私がそう言えば「はーい」とかわいく返事をして窓を閉めてくれる。

 彼女は、嫌いな季節がないと言う。

 私は夏が苦手だ。暑いし。息苦しいし。どれだけ服を脱いでも暑いし。外に出るのだってうんざりする。どちらかといえば冬の方が好き。

 彼女に言わせればそれがいいんだと言っていた。その季節によって感じ方も変わる。それが楽しいと。そうやってプラスに捉える彼女が眩しく感じる時がある。

 彼女に向いていた視線を逸らしてテレビに向けるた。夏特集たるものがやっていた。カラリ、とコップの中の氷が溶ける音に視線をテレビから逸らす。ふと彼女の視線を感じた。

 目線をそのまま彼女の方に向けると、やはりこっちを見ていたのか視線がかち合った。

「すきだよ」

 なんの脈絡もない。彼女はたった一言呟いただけ。

 絡んだ視線を先に外したのは彼女の方だった。

 冷房が効いているのに、内側からじわじわと熱を帯びて暑くなる。

「わ、私もっ」

 咄嗟に返した言葉は、想像よりも大きくて彼女の肩が揺れた。お互いに、再度、目を合わせて笑い合う。

「好きだよ」

 次に出た声は、自分でも驚くくらい優しかった。そこに彼女への甘さが含まれているのが分かるくらい。

 とうとう限界で、ソファの背に顔を預ければ隣からは楽しそうな笑い声が聞こえた。

 それも耐えきれなくてソファから立ち上がる。彼女が好きそうだと思って買っておいた秘密兵器があるのだ。

 キッチンに向かい、隠しておいたそれを彼女の前で掲げた。

「あぁー、いつ買ったの?」

 いついつ、と嬉しそうに目を輝かせて聞いてくる。驚かすのと喜ばすことができたようだ。彼女が嬉しそうだと自分まで嬉しくなるから不思議だなと毎回感じる。

「喜ぶと思って買っておいたの」

 じゃーん、とかき氷機と机に置いたら子供みたいに目をキラキラとさせてはしゃぎだした。

「でん、どう、かき氷機、です」

 どや顔で紹介する。面白くもなんともない。けど彼女には大ウケだ。

「すごーい。ふわふわなやつ?」

「そう。専用の氷入れで作った氷で作るって。あと、プリンとか果物とかも出来るんだって」

「なにそれ。なんでも可能ってことじゃん」

「そういうことですねぇ」

「はやく、早く作ろっ」

 そわそわが隠しきれない彼女がかわいい。

「どれがいい?」

 別途でよぶんに専用の氷入れを買っておいた。普通の水から作った氷。プリン。ゼリーも凍らせておいたのだ。

 冷凍庫から持ってきたそれらを机に広げる。そしてかき氷の定番の蜜も。

 メロン、れもん、ブルーハワイ、いちご、抹茶。二人にしては量が多すぎるくらいだ。

「なんで、そんなにあるの」

 多すぎる種類と量に、彼女の笑いはより一層深まる。

「喜ぶかなと思ったらたくさん買ってた」

 彼女につられて笑う。たったそれだけのことが楽しい。

「作ってもいい?」

「もっちろん」

 ニコニコと作り出した。ボタンを押して電動でふわふわになった氷が器に出てくる。

「「おぉー」」

 声がハモった。お互いに目を見合せて笑った。

「プリン氷、完成。はい、あーん」

 スプーンをずいっと唇に触れるくらい突きつけられ、口に迎え入れる。

「どう?」

「ん、美味しい」

「おいしいいただきましたー」

 そのスプーンで彼女もプリン氷を口に含む。

「うん。おいしい」

「じゃ、じゃあ、次は私が作ろうかな」

 私の様子に彼女が笑ったのが空気で感じた。

「それ以上のことしてるのに」

 そうだけどさぁ。不意の行動は照れるんだよ。

「かぁわいい」

 ケラケラと嬉しそうにしている。その横で熱が上がる顔を必死に熱が上がるのを抑えながら、かき氷機をひたすら見つめる。

 可愛いのは彼女なんだよなぁ。

「ねぇ」

 つんつん、と頬をつつかれる。渋々と顔を向けると再度スプーンを差し出してきた。

「はいはい」

 やれやれといった感じで食べるが、彼女にはバレている。これが照れ隠しだってことを。

「次はいちごにしようかな」

 出来たてのかき氷にいちごのシロップをかけて渡す。

「ありがとう」

「いいえー」

 自分の分も作り、ブルーハワイをかけた。

 幼い頃は全部違う味だと思っていた。けど実際は全部同じ味。大人になって知った時は衝撃的だった。それでも脳は錯覚を起こし、ブルーハワイ、いちごと味を識別していく。面白いよなぁ。

「ねぇねぇ」

 んべ、と出された彼女の舌は真っ赤だった。これも懐かしい。お返しに、んべと舌を出す。

「青色だね」

 舌には見事にブルーハワイがいたらしい。

「これさ、青と赤が混ざったら紫になるのかね?」

 首を傾げる仕草があざとい。その行動と言葉の意味に気づいた瞬間、かき氷で冷めた熱が再発する。

「試してみる?」

 彼女が近づいてくる。その奥には夕日に照らされた二人分の影も近付いていく。二人の影が重なった瞬間、私も目を閉じた。


 夏は苦手だ。暑いから。けど、この熱さならどの季節でも好きになれそうだと思った。



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