雷雨と対処と腕の中

 ザァー……。

 空から、滝が流れてきたかのように雨が振りだした休日の午後。

「これはすごいね」

 彼女が窓の方を眺めながら呟いていた。その視線の先を追えば、ピカッと窓の外が光る。

 その光景を見て思わず身構えた。案の定、その数秒後に大きな音が落ちてきた。

「うわぁ、近くに落ちたねぇ」

 季節の変わり目。雨や雷雨は定番だ。

 今日も今日とて週末のデート。どちらか、というよりだいたい私の家だけれどお泊まりが定番化としている。

 その間、こうやって雷雨に見舞われる日は少なかったように思う。だから、バレずにすんでいたのだ。

 彼女は一度キッチンの方へと消えて、飲み物を片手にソファーに座っている、私の隣に腰掛けた。

 ゴロゴロ……ドンッ……。

 やばい。……今のは完全にバレた。

 隣の彼女を見れば、目をまんまるにしてこっちを見ていた。

 その顔に、にへらっと苦笑いを返せば微笑み返してくれる。

「ねぇ、もしかして、」

「ストップ」

 彼女の目の前に手を出して、待ったをかける。彼女はにやにやとその手のひらに、ちゅっと触れるだけのキスをしてきたのだ。

 不意なアプローチに自分の体温が数度、上がった気がした。

「雷が苦手なの?」

 やっぱりバレてしまった。ため息とともに肩を落としつつ、首を縦に振る。

「今まで、そんな素振り見せなかったじゃん」

「なんとなく恥ずかしくて、バレないようにしてただけ……」

 いまだに手のひらは掴まれたまま、彼女の口の前にあり吐息が当たる。その度にドキドキするのでそろそろやめてほしい。

 そっと、手を自身の方に引っ込めようとするが、それよりも強い力で彼女に許して貰えなかった。

 その瞬間、またしてもチカッと外が光る。

 数秒後にはドォンと大きな音が響いた。光ってから音が鳴るまで早くなっているのは、雷が近づいてきてるからなのだろう。

「大きい音、全般が苦手?」

 手を引かれ、そのまま彼女の腕の中に。

 そのまま身を委ねると、トクリ、トクリ、と聞こえる彼女の心音に身体の力がどんどん抜けていく。

「うん」

 さっきの返事を返すと「そっかぁ」と呟いて彼女は黙ってしまった。

 その間も雷は鳴り響いている。その度にビクッと身体に力が入り、彼女に身体をさすられて身体の力を抜く。その作業の繰り返しだった。


 迷惑では無いだろうか。幻滅されて無いだろうか。引かれて無いだろうか。彼女の腕の中だというのに、一度、負の感情が湧き上がれば次から次へと湧いてきてしまう。

 ぎゅっと彼女にしがみつく。

「困ったなぁ……」

 彼女の言葉に、困らせている事実を突きつけられ離れようとするが、許されず。

 むしろ、さっきよりも強く抱きしめられた。

「いい方法があるんだけど……試してもいい?」

 いい方法とはなんだろうか。雷が怖くなくなる方法なんてあるのか。それなら知りたい。

 彼女の腕の中で首を何度か縦に振ると、彼女の腕の力が弱まった。

 名前を呼ばれて顔を上げる。

 それと同時に、彼女の手が私の耳を塞いだ。そして、そのまま近づく顔に目を閉じると、自身の唇に彼女の唇が触れた。

 何度も唇を重ねて、交わる度に互いの唇が同じ温度になっていく。どっちかどっちの熱なのか分からなくなるくらいだ。

 耳を塞がれていて、聞こえるのは自分の恥ずかしく漏れる声や息遣い。彼女の舌と交わる音。

 恥ずかしいのに止めたいとは思わなくて、もっとほしいと求めてしまう。

 彼女が離れるのが寂しくて、その瞬間でさえ乞うように彼女を求めて自ら唇を寄せる。

 お互いの息が続くわけもなく、少しのインターバル。目を開けて、彼女の顔を盗み見る。

 彼女もこっちを見ていて思いっきり目が合ってしまった。妙な恥ずかしさに照れてしまうと、彼女が目を細めて優しい眼差しを向けるから、余計に恥ずかしくなって顔を逸らそうとするが、それも許してもらえなかった。

 ──だぁめ。

 耳を塞がれていて声は聞こえないか、口の動きで分かった。

 彼女の顔が近づく。それに合わせて目を瞑ると訪れたのは予想と反した場所に唇が落とされる。

 咄嗟に目を開けると、ニヤリと笑う彼女が憎たらしくて自分からキスを仕掛ける。

 角度を変えて何度も何度もキスを贈る。上唇を啄み、軽く吸う。それを下唇にもして、舌で唇を舐めた。

 うっすらと開いた彼女の唇の隙間から自身の舌をねじ込み、チロチロとお伺いを立てるように舌先で遊べば、彼女に全体を包み込むように奪われてしまう。

 耳の中に反響するのは恥ずかしさを伴う卑猥な水音だけだった。

 何分、何十分経ったのか分からないが解放された頃にはお互い息も上がり、ソファーに横になっていた。

「雨、やんだね」

 お互い、整わない息のまま、窓の外を見る。さっきまでの激しい雷雨はどこへやら、綺麗な夕やけが広がっていた。

「……ありがとう」

 感謝の言葉を呟くが、さっきまでの出来事を思い出して顔が熱くなってしまう。その顔を隠すように彼女の腕の中に顔を埋めた。

「ふふっ、どういたしまして」

 暫くそうしていたが、ふいに彼女が身じろく。どうしたのかと身体を起こすと彼女も身体を起こした。

 彼女がなにやらそわそわして、目が合わない。どうしたんだろうか。

「ねぇ。その、もう一回してもいい?」

 必然的に上目遣いで遠慮がちにお伺いを立てる仕草に笑ってしまう。

「なっ、なんで笑うの」

「いや、ごめん。だって、今更聞くとか。ふはっ、可愛すぎて」

「可愛いのはそっちじゃん。雷が怖いとか可愛すぎるし」

「だまれだまれだまれぇ」

「えー、じゃあ、黙らせてくれればいいじゃーん」

 軽く触れるだけのキスをすると、本当にしてくると思ってなかったのか彼女が驚いていた。

「本当に黙っちゃったじゃん」

 そんな彼女にまた笑ってしまうと、ぐぬぬと悔しがっている。

「次はそっちが黙らせてくれるの?」

 親指でサラリと彼女の唇を撫でる。

「……当たり前じゃん。覚悟しといてよ」

 彼女の顔が近づく。私はそっと目を閉じた。



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