気圧と頭痛とミルクティー
鈍痛で目が覚めた。
目が覚めたはいいが、頭がすこぶる重い。
視線をさまよわせる。視界に入ったカーテンの隙間から零れる光が、更なる痛みを呼びよせてぎゅっと目を瞑る。
痛みに耐えつつも、今日の仕事の予定はなんだったかと思い起こした。
特にこれといった重要なものはなく、ベッドボードに置いてある携帯に手を伸ばして時間を確認しようとしたが、携帯の光でさえ今は辛かった。目をしかめながら時間を確認する。
「六時二分……」
仕事までには、まだまだ時間はある。とりあえず起きて、薬箱を漁り鎮痛剤を出して、キッチンで水と一緒に飲み干した。
「ふぅ……」
一人きりの部屋に吐いたため息が、いやに響いた気がした。
起きてるのも辛い。立ってるのも辛い。なんなら少しだけ吐き気もある。
こうなったら、会社に行くまで地獄だ。車で行くにしても事故してしまう可能性も高い。
リビングに行き、ソファーで横になった。ひんやりとした冷たさが気持ちいい。頭全体が脈打つ感じの頭痛に眉を潜めながら、目を瞑る。
ピピピ……ピピピ……
軽快な音に瞑っていた目を開けた。目覚まし用のアラームが鳴り響き、適当に画面をタップして止める。それを何十分起きに繰り返す。
薬のおかげなのか、幾分か痛みが和らいだような気がした。吐き気も治まっている。今だ、と思い、重たい体を起こし、ケトルでお湯を沸かしにかかる。その間に固形の卵スープをマグカップに投入した。
「はぁ、つれぇ……」
今日の天気は下り坂と昨日のニュースでやっていた。
携帯に入れているアプリでも爆弾低気圧に注意と書かれていたのだ。
気を付けていたつもりだったけど、何年かに一度はドカンとこうやって動けなくなるほどの体調不良が起こってしまう。
カチッとボタンが上がる音に、お湯が沸いた事を知らせてくれた。マグカップにお湯を注げば固形のそれは、みるみると液状の卵スープに変形していく。
スプーンをマグカップに突っ込みソファーまで戻る。
あと一時間。そしたら会社に連絡しなければ。
フーフー、と冷ましながら卵スープを啜ると温かさが五臓六腑に染み渡った。
「あと、やること……」
本当なら一番最初に思い浮かんだ人物への連絡が一番気が重かった。前にこうなった時にしなかったら、それはそれで大いに怒られた記憶がある。
携帯のメッセージアプリに体調不良なことと、今は大丈夫なこと。心配しなくていいことをポチポチと打って送信した。
ポンッ。
その数分後にすぐ鳴った携帯。手に取ると彼女からだった。
かなり心配する様子の文面だった。ただの心配するなんでもない文面なのに、弱っている今はそれすらも体に堪えたようで、鼻の奥から目の奥まで一気に熱くなった。
震える指先で彼女に返事を送る。
そんなことをしていれば、いつの間にか会社が始まる時刻に迫っていた。
会社に電話をする。自分の部署の上司に繋いでもらい、体調不良で休みたいと申し出れば、快く受けてくれた。
なんなら有休を使いなさいとも言われて、甘えて有休を消化させてもらう。そのうえ、念の為に明日も休んでいいと言われて焦ってしまった。
明日は少しだけ重要な仕事があったのだ。慌てて仕事内容を言ったが、仕事は問題ないからと。最後には上司も有休取りたいから休んでくれと言われて笑ってしまった。お言葉に甘えて、と連休を貰い電話を切ると彼女から返事が届いていた。
画面をタップして開く。
【こういう時に限って!仕事が終わったら速攻会いに行くから】
彼女も仕事が程よく忙しい時期らしい。彼女の悔しがるような困ったような、なんとも言えない顔が思い浮かんだ。
「まってるよー」
彼女にそう返信してスープを飲み干した。そうして再度、ベッドに横になる。ここ最近、忙しかったから普段の寝不足もあるのだろう。眠気が訪れ、瞼を閉じた。暗闇に吸い込まれるように意識を手放していった。
パチッと目が覚めた。何故だか分からないが眠気に引きずられることなくスッキリと目が覚めてしまったのだ。
「あっ、起きた」
その声に起き上がろうとしたが、止められる。
「な、んで……」
時間を確認するとお昼過ぎ。けど、目の前には彼女がいる。
「ゆめ?」
「……じゃないんだな、これが。触ってみて」
言われるまま手を伸ばすと温かい彼女に触れた。
「ねっ」
「それは分かったけど、」
「早退してきちゃった」
開いた口が塞がらないというのはこういうことなのか。そう思うくらいに開いた口から言葉が出なかった。
「あんなにかわいいこと言われたら無理でしょ」
寝ている私の頬に、触れるだけのキスを落とされる。
「あれは、その……」
思い出して、今更ながら恥ずかしくなってきた。
「会いたいって言ってくれて嬉しかったよ」
次は瞼に。その次は耳にキスされていく。恥ずかしさの限界で起き上がれば、最後はおでこに。
「今、ミルクティー作ったんだ。一緒に飲も。こういう日は甘くて温かいものを飲むのが正義なの」
「うん」
こういう日は必ずと言っていいほど、彼女が作ってくれるミルクティーを飲むのが定番になっていた。
「このミルクティーが一番好き」
今度は彼女が驚いていた。その隙をついて口の端を目がけて唇を寄せる。
「んなっ、」
「会いに来てくれてありがとう」
「うん」
お互いに照れて笑い合う。彼女が広げてくれた腕の中に飛び込めば強く抱きしめてくれる。彼女の体温が心地よくて安心する。
頭痛はまだまだあるが、彼女のお陰で随分と心が軽くなった気がした。
「私も明日休んじゃおっかなぁ」
「それは、嬉しいけど。行きなよ…」
「こっから行ってもいい?」
「ここに帰ってきてくれるならいいよ」
「んぬぁ……なんで、今日に限ってそんなにデレてくれるの。手が出せないのに……」
「あはは、治ったらたくさん手を出してもいいよ」
「言質取ったからね」
「ん、わかった。けど、まずは一緒にお昼寝して」
「私の彼女が可愛すぎてつらい……」
「私の彼女もかわいいよ」
ミルクティーを飲み終え、彼女の手を引く。いまだにブツブツと呟いている彼女に笑いつつ、そのあとは二人でぐっすりとお昼寝をしたのだ。
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