休日出勤とお迎えとお風呂


「……雨が降る匂い」


 机に頬杖をついて窓の方を見る。少し開けていた窓から、雨が降りそうな匂いがした。

 少し経つと、大粒の水滴が窓にどんどん張り付いていく。それをじっと眺めていた。

「窓、閉めないとな」

 ゆっくりと立ち上がり、窓を閉めにいく。雨はどんどん勢いを増していた。

 ……彼女は大丈夫だろうか。


 昨晩、彼女から連絡があった。明日、休日出勤になったと。

 だから、デートは出来なくなったと申し訳なさそうな声に、少しでも気にしてほしくなくて私は明るく振舞ったのだ。

 それでも彼女の浮かない声に、迎えに行くと伝えたら幾分か声が明るくなった気がして、ホッと胸を撫で下ろした。

 ピロン。机の上の携帯が鳴り、確認する。

『十六時にあがっていいって。だからお迎えお願いします』

 了解、と返事をして時計を確認する。あと一時間ほどだ。迎えに行く支度をして車に乗り込んだ。

「雨、やみそうにないなぁ」

 大粒から小粒になったものの雨の勢いは変わることなく振り続けていた。


 天気のお陰か、週末の賑わいのお陰か。きっと両方だろう。道路はそれなりに混んでいた。

 ギリギリになりそうだな。

 赤信号で止まった瞬間に、彼女にギリギリになりそうだと連絡を送っておく。

 彼女の職場に着いたのは約束の十五分後だった。いつも迎えに行く場所にもちろん彼女は居なくて、連絡しようと携帯を手にした瞬間。

 トントン。

 その音に顔を上げると彼女が傘もささずにいたのだ。急いで鍵を開けると流れるように乗り込んできた。

「お迎え、ありがとう」

「えっ、ちょっと、傘は?」

「折り畳みがあるよ。けど、車が来たら嬉しくてさ。傘をさすのも面倒臭くて走ってきちゃった」

「もう。これで取り敢えず拭いて」

 一応、持ってきておいたタオルが役に立ってよかった。少しだとしてもこの雨の激しさだ。

「ねぇねぇ、水も滴る?」

 彼女がタオルで拭きつつ、楽しそうに聞いてくる。

「はいはい。いい女。いい女すぎて困るから早く拭いて」

「はーい」

 彼女は昨日の電話口よりも、随分と元気が良くて楽しそうだった。彼女が楽しいと、私も嬉しくなる。自然と上がる口角はそのままに、車を発進させた。

「本当にお迎えありがとね。会えると思っただけで、いつも以上にお仕事頑張っちゃった」

 ミラー越しに彼女を見ると、顔をタオルで見えないようにしていた。

 それは、ずるいでしょ。照れていて恥ずかしがる彼女を見て、なんとなく上がってくる体温を誤魔化しながら、安全運転を心がけつつ家路を急ぐ。


 元々、週末はお泊まりの予定だった。彼女の服は家に置いてある。彼女の家に戻らなくても問題は無い。

 家に着いて、速攻で湯船にお湯をはる。その間、彼女に大きなタオルを渡して、服も脱ぐようにしてもらう。

「えっちー」

「はいはい」

 そんな軽口を挟みつつ、彼女を風呂場に直行させると、服の裾をクイッと引っ張られる感覚に足が止まった。

「どうしたの?」

「一緒に入ろ」

 彼女が照れながら言うもんだから、それが移ってしまって私も照れた。心の奥底がむず痒いような、なんというか。叫び出したくなる衝動を抑えて肯定の返事をする。

 シャワーでお互い洗い終え、狭い湯船に二人でくっつきながら入る。私が彼女を後ろから抱きしめている形だ。彼女は上機嫌で鼻歌まで出ていた。

 その歌を聴きながら、彼女の肩に顎を乗せる。彼女のお腹の辺りに回した腕を解かれ、手を掴まれた。そのまま指で遊ばれるのを見ているだけ。

「しあわせだねぇ……」

 鼻歌が終わったかと思えば、ふと呟かれた一言。

 そんなの、私もだよ。

 言いたい言葉はすぐには出ず、彼女を抱きしめる力を強くする。

「幸せだねぇ」

 今度は私が彼女へと呟く。嬉しそうに笑う彼女に私も笑う。ただそれだけ。そんな日常が幸せなのだ。

 目の前にあった項へと一つ口づけを落とすと、彼女の肩がビクリと弾んだ。

 勢いよく彼女が立つと、お湯も跳ねて顔にかかった。

「先に出るから」

「……うん」

 彼女の行動が理解出来ずに呆けていると、シャワーを浴びてお風呂から出る彼女が私の方を振り返った。

「あとで覚えておいてよ」

 その台詞で自分のしでかした事の重大さに気が付くのだ。彼女が出たあと、湯船に顔をバシャリと付けてぶくぶくと息を吐く。

 脱衣所から鼻歌が聞こえた。彼女は随分と上機嫌だ。

 とりあえず、身体を温める夕飯を作って、二人で食べよう。

 まだまだ夜は長いのだ。焦る必要は無い。

「さてと」

 大きく伸びをして、彼女の後を追うように私もお風呂を出た。




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