明け方と思い出と眠気
なんとなく目が冴えて、起きてしまった。
部屋の中は暗く、カーテンの隙間からも明かりは見えなかった。太陽が昇るまではまだあるのだろう。
背中が暖かい。
暖かい方へと寝返りを打つ。暗がりに慣れてきた目で彼女を見つける。彼女は、すやすやと気持ちよさそうに寝ていた。
昨日、明日が土曜日ということで、彼女が仕事帰りに寄ってくれて、そのまま泊まっていった。
顔に零れた髪をすくい、耳へとかけてあげる。耳に触れたのが擽ったかったのか、少し身じろいだ彼女に緊張がはしる。
そのまますやすやと寝たままの彼女に、起こさなくて良かったとホッと胸を撫で下ろした。
……愛おしいなぁ。
彼女に触れたい。けど起こしたくない。このまま寝顔をずっと眺めていたい。色んな感情が湧き起こる。
好きだな。愛おしさが溢れて止まらない。
寝顔を見続けていたら、そういえば、ふと前にもこんなことがあったことを思い出した。
彼女とまだ知り合う前 。大学時代の頃だった。
友人が開催するサークルの飲み会に無理矢理連れていかれたのだ。
そこに彼女もいた。可愛い子だなと思った記憶がある。けれど、学部が違うため特に話すこともなく。自分から行くなんてこともせず、ただいつものメンバーと飲んでいた。
じかんもそこそことなり、飲み会は二次会へと繰り出す時、ある一角がザワついているのが目にとまったのだ。
他の奴らに飲まされたのだろう。彼女がベロンベロンに酔わされていた。
その傍らには彼女狙いなのだろうか。にやにやしながら肩を貸そうと、彼女の隣に居る野郎になんだか苛ついたのだ。今思えば私も若かったななんて思う。
幹事をやっていた友人に声をかけ、彼女に近づいた。
「大丈夫、じゃないよね」
「お、俺が送っていくから大丈夫」
「どこに?」
「えっ」
「どこに送っていくの?」
「あっ、いや、そんなの、」
「送り狼って? これ、わざとじゃないよね?」
「はぁ、俺がわざと飲ませたって言うのかよ!」
相手が声を荒げたことにより、まわりが余計にザワつく。
「じゃあ、聞いてみる? ねぇ、この子にお酒勧めた人って誰か知ってるー?」
他の人に聞けば、やはりそいつが飲め飲めとどんどん飲ませていたらしい。バツが悪いのか、そいつはそそくさ逃げようとする背中に声を掛けた。
「ねぇ、なにか言うことは?」
「はぁ、なんで俺がっ、」
自分の非を認めたくない。認めたとしても謝罪は嫌だ。プライドだけが無駄に高い。面倒臭いと思った。
「はぁ、もういいや。ハナから期待してない」
友人に目配せしておく。後でどうにかしてくれるだろう。
「ねぇ、立てそう?」
「……っ、き、もぢ、わるぃ」
「ちょっ、まって。吐くの、まだ待って」
彼女の腕を肩に担ぎ、トイレに駆け込む。そのまま無事、トイレにリバース。
店員さんにお水をもらい、彼女に口をすすいでもらう。
トイレから出れば、皆は既に居なかった。携帯で確認すれば謝罪と、彼女を任せたってことだった。お代は二人ともいらないとの事だ。ラッキーなのかアンラッキーなのか。
店員さんに謝罪して、彼女を担いだままお店を後にした。
後にしたのはいいが、彼女のことは一切、知らない。もちろん家もだ。
彼女に声を掛けるが、酔っ払いがしてくれる返事は返事にならないようなものばかりでどうにも困ってしまう。
どうしたものか。
私も彼女も女。私が邪な感情を持たなければ間違いは成立しない。あの男よりは断然、安全だろう。
「私の家に行くから」
タクシーを拾い、自分の家に彼女と帰る。
彼女をベッドに寝転がせ、冷蔵庫に水を取りに行く。起きたら飲ませようと戻れば、彼女がベッドに座っていた。
「お水飲む?」
まだ目が据わったままだ。顔の前で手を振ると、ゆっくりとした動作で目が合った。
「はい」
お水を渡せば受け取り、ゴクゴクと飲んでいく。
「……わたしのこと、おもちかえりしたの?」
お水を飲んで最初の言葉がそれだった。言葉の意味を理解した瞬間、笑った。
「お持ち帰りしたけど、酔っ払いに手を出すなんてことはしないから大丈夫だよ」
「ふーん」
興味なさげに返事をしたかと思えば、そのままコップを返された。それを受け取り、一応おかわりの水を持って机に置いておく。
「いつでも飲んでいいから。あと、もう終電もないから泊まっていって。着替えは……これでいいかな」
着替えを渡せば、素直に受けとって着替えていく。さっきより幾分かしっかりとした動作に安心しつつ、自分も着替える。
今日は疲れた。もう寝たい。
「ベッドは使っていいから」
昼間は少し暑いが、朝晩はまだ冷える。タオルケットがあれば大丈夫だろう。押し入れから出して床で寝ようとしたら、彼女に腕を掴まれた。
「いっしょにねればいいじゃん」
「は?」
「はやく」
腕を引っ張られてベッドにダイブする羽目に。その時に彼女の上に乗っかってしまい、慌てて退いた。
「大丈夫?」
私が慌てたのが面白かったのか、ケラケラと笑い出す彼女に「この酔っぱらい」と悪態をつくことしか出来なかった。
なぜなら、彼女の笑った顔が意外にも可愛くて、咄嗟に出てくる言葉がなかった。
「はぁ、寝るよ」
電気を消して二人でベッドに横たわる。
「おや、すみなさい」
そう呟いた彼女に「おやすみ」と返事をすれば、次に聞こえたのは寝息だけ。
彼女の寝息に自分の瞼も自然と下がっていき、そのまま意識は遠のいていった。
ふと、目が冷めれば辺りはまだ暗かった。外もまだ明るくはない。何分そうしていたのか、暗がりに目が慣れてきた頃、背中の暖かさに気がついた。
そういえばそうだったな。
彼女を連れて帰って来たことをすっかり忘れていた。
ちょっとした好奇心だった。寝返りを打ち、彼女の方に向く。
思ったより近い距離。そのうえ、こっちを向いて寝ていたこと。そのどちらも想像していなくて、心臓が跳ねた。
無駄に息を潜めて、寝顔を見る。さっきはまじまじと見ていなかったが、改めて見ると整った顔立ちをしていた。笑った顔も可愛かったし、寝顔も可愛いとか。
ハラリ、と落ちた髪の毛が気になって、髪の毛を耳にかけてあげる。耳に触れてしまったからだろう、身じろぐ彼女に緊張がはしったが、起きることなかった。
気持ちよさそうに寝る彼女に、自分ももう一度目を瞑る。
眠気はすぐに訪れた。
「懐かしいなぁ」
そのあと、朝に起きた彼女は私にひたすら平謝り。気にしなくてもいいというのに、暫く引きずっていて、大学で会う度に謝られた。そうして、なんやかんやといつの間にか彼女と縁が出来ていたのだ。世の中なにが起こるかわからない。
再度、零れてくる髪の毛をすくい、彼女の耳にかけてあげる。
「……ふふふっ」
「ごめん、起こしちゃったね。まだ早いから寝てていいよ」
「ん〜……」
腕の中に擦り寄ってくる彼女を抱きしめる。
腕の中で、クスクスと楽しそうに笑う彼女が可愛すぎて、抱きしめる力を強める。
「ぐるぢぃ」
「あはは」
「ねぇ、もうすこしいっしょに」
「うん。おやすみ」
「おや、す……さぃ」
先に眠りに落ちた彼女に続いて目を閉じれば、あの時と同様に眠気はすぐに訪れた。
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