お花見と桜とお弁当
「お花見したいね」
先週末のデートで、彼女の呟いた願望に応えるべく、休日の朝から準備をしている。
私がおにぎりと玉子焼き。彼女は唐揚げとエビフライとフライドポテト。あとは、なにか適当に作ってくると言っていた。
おにぎりもただのおにぎりでは面白くはないと思い、巻きすを用意する。大きな海苔を半分に切り、巻きす敷く。その上にご飯を薄くのせ、真ん中に細かく切った梅干しをのせていく。あとは一気に巻きすで巻くだけ。そうして出来た細巻きおにぎりを切ると、真ん中に具材がきちんときていた。
「天才かもしれん」
その要領で、ツナマヨ、こんぶ、鮭、おかか、と作っていく。
一口で食べやすいし、我ながらグッドアイディアかもしれないなんて調子に乗った。
こういうのは彼女も好きだろう。そう考えるだけで口角が自然と上にあがっていく。
次に玉子焼きだ。お互い玉子焼きは甘めが好きで、今日もそれを作る。出汁と砂糖を適量に。玉子焼き用のフライパンに油を投入。その後に溶いた卵を入れると、ジュワーという音にお腹が空く。
そこでようやく、朝から何も食べてないことに気がついた。見栄えよくと、細巻きの端っこがまな板に残っているのをつまみながら、玉子焼きを巻いていく。
巻いたら卵を投入。それを繰り返して数分後には完成した。
玉子焼きの出来栄えは完璧だった。
「本当に天才かも」
誰も居ない室内。自画自賛しても咎めるものは誰もいない。それをいいことに自分への賛辞をこれでもかと送る。
「やっば、こんな時間か」
時計を見ると、いい感じの時間になっていた。これで支度して家を出れば遅刻はしないが、ギリギリになりそうだった。
「先に着いたよっと」
約束の時間。待ち合わせ場所をキョロキョロと探したが、彼女はまだ来てないようだった。改札から見える位置に陣取る。着いたと連絡すれば、彼女からはもう少しで着くと返ってきて、頬が緩む。
どっと流れてくる人を何回か見送ったあと、小走りで近寄ってくる彼女を見つけた。私を探している彼女に手を振れば、すぐに気づいてくれたようだ。
「デレデレしすぎだから」
会って開口一番がそのセリフだった。
「そっちだって」
「そりゃあそうでしょ」
軽口を言い合い笑い合う。
「待たせてごめん。あと、おはよう」
「んー、全然待ってないよ。急いできてくれてありがとう。それとおはよう」
「じゃあ、行きますか」
「レッツゴー」
駅から少し離れた場所。彼女が突然「おぉー」っと声を上げたから何事かと思った。彼女が見ている視線を辿るとそこには桜並木があった。
休日もあり出店もちらほら出ている。それを横目に通り過ぎながら、八分咲きの桜を眺めながら彼女と歩く。
「来週には満開だね」
「ねっ」
「初めて来たけど、穴場かもね」
「調べてくれてありがとう」
「いえいえ」
こういう時、彼女の行動力の早さは凄まじい。即座に調べてここにしようと即決だった。
「出店のものは、帰りに買って夕飯にでもしよっか」
彼女が名残惜しそうに出店を見送る姿に、そう提案すると顔を綻ばせた。
「あっ、あそこのベンチなんていいんじゃない?」
彼女が見つけた場所は、桜並木より外れた場所にあるが、こじんまりと佇む桜の木の下のベンチだった。
「いいね」
二つ返事で了承すると、二人でそこに向かう。ベンチに座る。上から時々降ってくる桜の花びらと、少し先にある桜並木とで目を奪われた。
「ラッキーだったね」
彼女の言うとおりだ。たまたま見つけた場所。一人だったら見つけられなかった。彼女といたから。
「一緒に来れて良かった」
「私も」
のんびり流れる時間。二人で静かに笑い合う。
「さてと、ご飯食べよ」
鼻歌交じりでお弁当をだす彼女に見習い、自分もお弁当を出す。
「「せーの」」
「じゃーん」
「どーん」
二人でお弁当の中身を見せあった。
「細巻きと玉子焼き。美味しそう」
「細巻きにしたおにぎりだよ。食べやすいようにと思って。どう?」
「てんっさい。しかも色んな味がある」
「そっちも美味しそうなものがたくさんだね」
「そうなの。朝起きて作った」
「えっ?」
「私だってたまには早起きしますぅ」
「ごめんごめん」
朝が苦手が彼女が早起きしてくれた。その事実だけでも既に嬉しいのにお弁当の中を見てさらに嬉しくなった。
「私の好きな物ばかり……。しかも早起きとか」
「当たり前じゃん。腕によりをかけたから」
「ありがとう」
「こっちこそ、ありがとうだよ」
当たり前なのか。彼女にとったら、私とのことが当たり前だというのが嬉しくて、不意に緩みそうになる涙腺に奥歯を噛み締めた。
「少し早いけど食べよっか」
「うん」
彼女が作ってきてくれたおかずは、唐揚げ、エビフライ、フライドポテト、ミートボール、ちくわの磯辺揚げ。小さなカップにはサラダがあった。
「ちなみに、この水筒には……。じゃーん」
渡された紙コップをもらう。
「味噌汁」
「はい、せいかーい」
「至れり尽くせりじゃん」
「でしょー」
「お礼に出店のやつ、なんでも買ってあげる」
「えっ、本当に? 嘘はなしだよ」
「本当に。その前にお弁当食べちゃお」
「はい。じゃあ、せーの」
「「いただきます」」
細巻きのおにぎりは好評で、パクパクと口に吸い込まれていく姿に笑ってしまった。
「なに笑ってんの。これ、食べやすいし美味しいよ。玉子焼きもめちゃくちゃ美味しい」
「ふふっ、ありがとう。こっちのおかずもどれも美味しくて、すぐ無くなっちゃいそう」
「たくさん食べて。その為に作ってきたから」
二人で他愛のない会話をしながら、お互いに作ってきたお弁当を食べ終える。
「ふぅー、食べた食べた」
「ちょうどいい量だったね」
「うん。帰りは出店で買って夕飯でしょ」
「そうだよ」
「しあわせだねぇ」
しみじみと呟く彼女に、嬉しくなる。
「うん。幸せだねぇ」
「ねー」
お互い、照れ合いながらも視線を交わす。彼女のだらしなく笑う顔に、自分の顔もきっとそうなってるんだろうなと思った。
「さぁて、買い物して帰ろっか」
「おー」
手を差し出せば、手を掴んでくれる。私の手は冷たい。けど、彼女の手は温かくて。お互い、手を繋いでるうちに同じ温度になるのが好きなのは、彼女も同じだと言っていた。
さっきまで座っていた桜の木を見ると、彼女も振り返る。
「来年もまた来ようね」
「うん」
今から来年が待ち遠しい。
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