私と彼女の日常

立入禁止

花粉とくしゃみと昼下がり

「ぶっえぇっくしょん」

 ずずずと鼻をかむ。その隣で、恋人はチラリと私を見て笑っていた。

「なに、そのかわいくないくしゃみ」

 ツボに入ったのか、あははとお腹を抱えて笑いだす。

 この時期は本当に辛い。花粉が尋常じゃないくらいに飛んでるし、撒き散らされている。なんのテロだろうと思うくらいに粘膜がやられる。

 それを見て笑う恋人に、少しだけいじけてしまうのだ。

「ごめんごめん。なにか美味しいものでも作るから、機嫌なおして」

 私がいじけているのに気が付いて謝ってくれたが、目元は下がり、口元は口角がいまだに上がっていた。

 悪態をつこうと口を開いたが、それよりも先に私の頭を撫でてから彼女はキッチンまで歩いていってしまった。

 その後ろ姿をなんとも言えない気持ちで見送る。

 悪態つくよりもいじけるよりも、彼女と会えるのが嬉しい。料理も嬉しい。けど久しぶりの彼女とのデートはこんなプランではなかったのだ。

 大きめの商業施設で買い物をして、話題の映画を観て、行きたかったカフェで食事して。本来ならそういうプランだった。

 前々からすごい楽しみにしてたのに。このタイミングでの花粉到来。

 まだ大丈夫だろうと薬も用意してなかった自分が悪い。だけども、だけどもだ。予定ではまだまだ先だったはずなのだ。楽しみにしていた分、落胆は大きかった。

 何度も心の中でため息を吐き出した。それでもモヤモヤは消えず気分も落ち込む。

「まだめそめそしてるの? ほら落ち込まないの」

 彼女の手にはカップが握られていた。隣に座った彼女に渡されたカップを受け取れば、中身は温かい焙じ茶だった。彼女は私の様子を笑いながらわしわしと頭を撫でてくれるのだ。その優しさが自分の不甲斐なさに拍車をかける。

「……ごめんね。私が花粉対策してないせいでさ、久々のデートなのに出掛けれなくて」

「それはもういいってさっきも言ったから」

「そうだけどさぁ……」

 煮え切らない私に彼女がため息をついた。お家デートに切り替えてから何度も謝っていた。そのしつこさに呆れられたに違いない。

「花粉ってさ、求愛行動じゃん」

「へっ?」

 話の流れが突然変わって、彼女を見る。その目は、いいから聞いててと制された気がして、大人しく耳を傾けた。

「私としては、彼女が他のヤツに求愛行動されてるのを見てるのは面白くないわけ。だから、外じゃない方がいいの」

 いや、まって。花粉にヤキモチ……。私の視線で気付いたらしく、彼女がわざとらしく口を尖らせた。

「はいはい。そうですよー、妬くに決まってるでしょ」

「えぇ……。花粉だから仕方ないよ……」

 突然彼女から可愛いことを言われてキャパオーバーなのに、自身から出てくる言葉は可愛くないものばかり。もっと気の利いた事が言えたら良かったのに。どうしたって気分は持ち上がらない。この域に来ると自己嫌悪だ。


「ねぇねぇ」

 彼女から呼ばれる声に、落ち込んでいた頭を上げた瞬間。唇を掠める熱に、脳が遅れてキスをされたと判断を下す。

「だから、私は家でも充分嬉しいよ。外ではできないくらいのいちゃいちゃとかできちゃうし。さてと、ご飯すぐに作っちゃうね」

 彼女はそそくさとキッチンへ戻っていく。その時に見えた朱に染った耳には触れないでおいた。

 彼女は優しい。優しすぎるくらいだ。落ち込んでいた気分から、ほっこりした気持ちに浮上していくのが分かる。我ながら現金なヤツだなと笑ってしまう。

 ものの数分でキッチンから鼻歌が聞こえてきた。彼女の事だ。きっと私の好きなものを作ってくれている。幸せだなと思った。それと同時に好きが増していくのだ。今、ここから見えるのは彼女の背中だけ。それすらも……いや、全部が愛おしくてたまらない。

「ご飯食べたらさ、たくさんいちゃいちゃしようね。……ふぇ、ぶっえぇっくしょん」

 彼女が振り向く。その顔は笑っていた。

「くしゃみがかわいくなったらね」

 照れ隠しなのか、からかわれているのか。どっちでもいい。こういう日も彼女と過ごせるから。それだけで幸せだ。



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