第3章から第5章

第3章


「ゆき!ただいま!」

お姉ちゃんがいつものように笑顔で帰ってきた。

今日はなんだか、いつもと違う気がする。

笑顔なのはいつものことだが、顔色が明るくなったというか、お昼時の太陽のようにキラキラと輝いていた。

お姉ちゃんが私に抱きつくと、早く話したくてたまらない様子で、すごい勢いで話し始めた。

「今日はね、すっごく良いことがあったんだ!なんだと思う?クラスで一番かわいい子が話しかけてくれてね、私と話してみたかったって!友達になりたいと思ってたんだって!すごいでしょう!」

今までに見たこともないような、とびきりの笑顔で私のことを見ると、嬉しさのあまりに居ても立っても居られないようで、私のことを抱きしめて左右に揺らしながら、声にならない悲鳴を上げていた。

お姉ちゃんに友達ができたという事実に、心の奥がかすかににざわついた気がしたが、お姉ちゃんの嬉しそうな様子を見てしまうと、そんなことはすぐに忘れて、自分まで嬉しくなった。


次の日、お姉ちゃんが学校へ行く時、今までのような暗い表情はなくなっていて、憑き物でも取れたような清々しい様子で、真っすぐに前を向いて家を出て行った。


お姉ちゃんが帰ってくると、学校でのことを話してくれた。

今まではそういうことはあまり話さなかったが、仲良くなった人たちの名前や、クラスで流行っている音楽のことを聞かせてくれた。

お姉ちゃんは、学校で友達と過ごすことが楽しくて仕方がないようで、夢中で話し続けた。

いつもはもっと優しい声で私に語りかけてくれるのだが、今日は違っていて、友達との楽しい時間に取り込まれてしまって、私のことなんて見えていないみたいだった。


第4章


それからしばらく経っても、その様子が変わることはなく、お姉ちゃんが私と過ごす時間は日に日に減っていった。

「お姉ちゃん、今日もいい子にしてたよ?一緒に遊ぼうよ」

そうやってお姉ちゃんに声をかけてみても、お姉ちゃんの耳には何も届かず、無言のまま自分の部屋に行ってしまった。

お姉ちゃんの部屋のドアの前に行ってみると、笑い声が聞こえてきて、誰かと楽しそうに話しているようだった。

私はお姉ちゃんと一緒にいられなくて寂しい想いをしているのに、お姉ちゃんはそんなことをちっとも気にせずに笑っているという事実に、虚しさが襲ってきた。

ほんの少し前までは私とお姉ちゃんはいつも一緒にいて、毎日が幸せでいっぱいだったのに、そんなものは全て夢だったのではないかと思ってしまうほどに、どんよりとした時間だけが過ぎ去っていく。

お姉ちゃんが楽しそうにすればするほど、私の中からは楽しいことが無くなっていった。

どうしてこんなことになってしまうのだという想いと共に、自分の中で苛立ちがじわじわと募っていった。


お姉ちゃんは時々、忘れていた私のことを思い出したかのように、私のそばにやってきて、どこか遠くを見ながら私の頭を少し撫でると、すぐに部屋に行ってしまう。

お姉ちゃんが近づいてくる度に、遊んでくれるのかと期待したが、そうはならなかった。

そんな状況に我慢が出来なくなった私は「お姉ちゃん!お姉ちゃん!遊ぼうよ!ねえ!」と大声で怒鳴ってしまった。

「静かにしなさい、うるさいよ」

お姉ちゃんはただそれだけ言うと、何も気にしていない冷たい態度で部屋に行ってしまった。

信じられなかった。

こんなにも強く訴えかけたのに、お姉ちゃんには何も響かなかった。

もう嫌だ。

お姉ちゃんの態度に対して自分は何を思えばいいのか、どうしたらいいのか、何も分からなかった。

ただ体から力が抜けていくのを感じた。

もうお姉ちゃんに対して何かを言おうという気にはなれず、お姉ちゃんが学校から帰ってきても楽しい気持ちになれずに、無力感の中でぼんやりとすることしか出来なかった。


第5章


ある日、お母さんが私のところにやってきた。

お母さんは何も言わずに私を抱きかかえ、車に乗り込んだ。

私を助手席に乗せると、静かにアクセルを踏んで走り出した。

初めて乗る車の中でお母さんと二人きりという異様な状況に、不安でいっぱいだった。

どこへ向かっているのかも分からないまま、こんな時間がいつまで続くのだろうかと思っていると、何やら堅苦しい外観の大きな建物の前で止まった。


ここはどこなんだろう。

もしかして、お姉ちゃんが通っている学校という所かな。

もしかして、私はお姉ちゃんと一緒に学校に通い始めるのかな。

それなら私もお姉ちゃんの友達と仲良くなって、一緒に遊べばいいんだ。

またお姉ちゃんと楽しく過ごせるのかと思うと、期待で胸がいっぱいになった。

ここしばらくは、お姉ちゃんとすれ違ってしまう辛い毎日だったが、これからはまた楽しい日々が始まるに違いない。

そんな幸せな未来に思いを馳せていると、またお母さんに抱きかかえられて、建物の中へ入っていった。


お母さんは私を椅子の上に乗せると、背の高い男の人から何か書類を受け取り、それに書き込み始めた。

その男の人は、口を固く結んだ不機嫌そうな様子でお母さんを見ていたが、私の方を見るとなんだか悲しげな微笑みを浮かべた。

経験したことのない微妙な空気に当てられて、気持ちがそわそわし始めた。


お母さんが書類を書き終えると、それを男の人に渡した。

それから静かに私の前に歩いてきてしゃがみ込み、私の目を見つめてこう言った。

「あなたのおかげであの子はもう大丈夫。ありがとうね」

優しい声だった。

そしてそれがお母さんが私にかけた最初の言葉だった。

お母さんが何を言いたいのか、私には分からなかった。

何かを感謝されたということは分かったけれど、お母さんが私に声をかけたということに対する戸惑いで、その言葉の意味を考える余裕はなかった。

そうして戸惑っている内に、お母さんは私を背の高い男の人に渡した。

男の人が私を抱きかかえて建物の奥へと連れていく間、お母さんは目を細めた悲しげな表情で私の方を見ていた。

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