オンリーワン

ゆうき

第1章と第2章

第1章


「ゆき!ゆき!」

お姉ちゃんが私を呼んでいる。

眠っていた私はゆっくりと目を開けると、大好きなお姉ちゃんが笑顔で駆け寄ってきた。

「今日もいい子にしてた?」

「いい子にしてたよ、お姉ちゃん。ちゃんとご飯を食べて、お昼寝もいっぱいした。早くお姉ちゃんに会いたかった」

お姉ちゃんは嬉しそうに私を抱きしめてくれた。

少し苦しかったけれど、お姉ちゃんの暖かさが心地よかった。

「ゆきは可愛いくていい子だね」

お姉ちゃんは学校という所へ毎日のように行っているが、学校へ行く朝は暗い顔をしている。

どうやら怖い場所らしい。

行ったことがないから、どんな所なのかはよく分からないけれど、ずっと家にいて私と遊んでいればいいのに。

暗い顔をして家を出ていくお姉ちゃんを見ると、胸が苦しくなる。

「学校なんて行かなくても大丈夫だから、ずっと家にいてよお姉ちゃん」

そう言って引き留めてみたこともあるが、悲しいような、それでいてどこか優しいような、よく分からない表情を浮かべながら私に手を振ると、何も言わずにドアを閉めて行ってしまった。

それからはお姉ちゃんを引き留めることはしなくなった。

「いってらっしゃい。早く帰ってきてね」

そんな明るい言葉で送り出すようになった。


お姉ちゃんにとって、私はたった一人の友達。

私の友達もお姉ちゃんだけだ。

お互いがお互いを必要としている。

二人だけの時間は、私たちにとって一番幸せで、かけがえのない大切なもの。

私たちの関係は、私の稚拙な言葉では表現できそうにない。

そんなふうに説明の仕方さえ思いつかないほど素晴らしくて、特別な関係。


お姉ちゃんはいつも優しくて、たくさん遊んでくれて、私のことが大好きだ。

私もそんなお姉ちゃんのことが大好きでたまらない。

お姉ちゃんのことを考えると、幸せな気持ちが自然と溢れてくる。

お姉ちゃんが学校に行ってしまう時は、寂しい気持ちで泣きそうになってしまうけれど、帰ってきてくれた時は飛び跳ねてしまいそうなほどに嬉しくなる。

お姉ちゃんと一緒にいられるなら、それ以外は何もいらない。

こんな幸せな毎日がずっと続いて欲しい。

これ以上の幸せなんて必要ないから、いま持っている幸せが無くならないで欲しい。

それだけが私の願いだ。

「だからどうかお願いします」

誰に頼んでいるのかも分からなかったけれど、そう願わずにはいられなかった。


第2章


「ゆき、キャッチボールしよう」

「うん!お姉ちゃんとのキャッチボール大好き!」

そんな話をしながら急いで庭に出て行った。

「ゆき、いくよー!」

お姉ちゃんはそう言いながら、ボールを私が届かない高いところへと放り投げた。

お姉ちゃんはボールを投げるのが下手っぴで、いつもあちこちへ飛ばしてしまう。

だから私は、庭中を駆け回ってボールを拾わないといけないのだけれど、お姉ちゃんはそれが面白くてたまらないみたいで、声を弾ませながら楽しそうにボールを投げる。

楽しそうなお姉ちゃんの笑い声を聞いていると、私もどんどん楽しくなって、何度も何度もボールを追いかけて走った。

そんなことをひたすら繰り返し、またもう一度ボールに向かって一直線に走っていくと、体に何かが掠めたような気がした。

嫌な予感がして後ろを振り返ると、お母さんが育てている綺麗な花の植木鉢が棚から落ちそうになっていた。

なんとか落ちないようにしなければと思ったが、そんなことを思った次の瞬間には、耳に突き刺さるような甲高い音を上げながら破片が散らばった。

呆然としながらお姉ちゃんの方を見ると、お姉ちゃんは目を見開いていて、その瞳の奥には真っ青な恐怖が広がっていた。

お姉ちゃんはハッとした様子で私の方を見ると、心配そうに眉をひそめながら、急いで私のそばに駆け寄ってきた。

「怪我してない?大丈夫?」

「大丈夫だよ。でもどうしよう、お母さんの植木鉢が」

そうやって話していると、ドアが開く音がしてお母さんが家から出てきた。

お母さんは何も言わずに私たちの方へ歩いてきて、壊れた植木鉢を見ると、短くため息をついた。

私は怖くて、何も言い出せなかった。

お姉ちゃんが俯きながら口を開き、何かを言いかけると「掃除するから、部屋に戻って宿題してなさい」とお母さんは静かに言った。

「はい、ごめんなさい」

お姉ちゃんは消え入りそうな声で呟くと、私を連れて家の中へ入っていった。


お姉ちゃんはお母さんと話すとき、いつも辛そうだ。

床を見つめながら、小さい声で「はい」と返事をするだけ。

声だけでなく、体も心も小さくなっていって、最後には消えてしまうのではないかと心配になる。

そんな姿を見ていると、そばに行ってあげたいと思うのだけれど、あの重たい空気の中へ割って入って行く勇気はなかった。

お姉ちゃんはお母さんと話した後、いつも決まって私の所へやってきて、私の頭を優しく撫でながら、そっと私の名前を呟く。

それから静かに大きく息を吐くと、どこか遠くを見つめるような顔で自分の部屋に行ってしまう。


私はお母さんがどんな人なのか、よく知らない。

私はずっと家にいて、お母さんも買い物に行くとき以外はたいてい家にいるけれど、いつも部屋にこもっていて、話をした覚えはない。

ご飯はちゃんともらえるし、何も嫌なことはされないけれど、話しかけてもらったことがない。

お母さんの周りを漂っている妙に静かで息苦しい空気を感じてしまうと、自分から話しかけようという気にはなれなかった。

それどころかお母さんのそばにいると、冷たい雨に打たれ続けた後のような、気持ちの悪い疲労感でぐったりとしてしまう。


お姉ちゃんが学校へ行っている間は、お母さんと家で二人きりだけれど、ご飯を食べたら、お姉ちゃんが帰ってくるまで眠ってしまえばいい。

眠ってしまえば寂しい気持ちも、この家の居心地の悪さも忘れられる。

そうして眠っている内にお姉ちゃんが帰ってきて、いつものように私と遊んでくれる。

だから私は大丈夫。

どんな時だって、私には大好きなお姉ちゃんがいる。

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