第9話 浮気妻の謝罪
「そうだな。勇者であれば、聖剣の1本や2本、同じやもしれぬ。それを苦にするようなこともあるまい」
ちょっと、ちょっと、なに言ってんのよ、元魔王。
ヤバい。なんか言わないと、聖剣タップファーカイトをもう1本押し付けられるっ!
なんか、もーれつに嫌な予感がしてきたのーぅ。
「それより、それよりさ、あのさ、死んだ人と話せなくなることはいいの?
必ずしも、聖剣を泉の底から引き上げる方がいいってことはないでしょ?」
「俺は構わねぇ」
あ、アンタには聞いていないわよっ、このカエルめぇ!
「あ、ほら、そうだ、そこの鬼面導師さん。鬼面導師さんはさっき、『私どもは、魔王様に対してと同じように、彼岸に旅立っていった者たちにも思いを抱いております』って言っていたよね?
聖剣タップファーカイトを引き上げるの、反対だよねっ?」
私がそう言うと、鬼面導師さんは顔の前で杖をゆっくりと振った。
「勇者殿の言うとおり、我々は彼岸に旅立っていった者たちに様々な思いを抱いております。
しかしながら、個人的な話をさせていただくと……。
浮気をして出ていって、間男のところで野垂れ死んだ妻が夜な夜な詫びていたのは、私の勘違いだったと?
私の詫びて欲しいという思いを聖剣タップファーカイトが増幅していたのだとすると、妻の意思はそこになく、ぐわわわっ、許せぬ。アイツ、謝っておらんではないかっ!?
ええい、情けない、ええい、口惜しいっ。
これは、絶対に許せぬぅ!」
「落ち着いて、お願いだから、落ち着いてよっ!
杖を振り回さないでっ。ああああっ!」
私がわたわたしていると、賢者が焦り気味に呪文を唱え始めた。
「ええい、混乱の魔法じゃあ!
みんなみんな、巻き添えにしてやろうぞぅ」
や、やめて、鬼面導師さんっ。アンタに事情があるのはわかったけど、私たちを巻き込んで戦わせないでっ!
「あれっ、おかしい。魔法が発動せんぞ。ならばもう1回」
「やめんか、愚か者!」
ぶわわわっと、一瞬、ものすごい風圧が全身を叩いた。元魔王の辺見くんが、完全に元魔王になっていた。学校の屋上で、一瞬だけ見た姿だ。
「勇者パーティーの賢者が、貴様の魔法を封じた。事情はわかるにせよ、ここにいるすべての者を混乱に巻き込もうとは何事か。
貴様のようなヤツは……」
「お待ちくださいませ、魔王様」
元魔王と鬼面導師さんの間に立ちふさがったのは、さっきのゾンビマスターさんだ。
周囲の他の魔族さんたちが一斉に駆け寄って、鬼面導師さんを袋叩きにして抑えつけた。うわー、鬼面導師さんのやろうとしたことも、それをみんなが止めようっていうのも、両方ともえげつなー。
「死者と話すということ、その意味がこのようなものでもある可能性は今まで誰も考えてはおりませぬ。
あらためて聖剣タップファーカイトについて皆に意見を聞き、その結果によって鬼面導師の処遇も決めたく思います。
なぜならば、魔王様はあくまで先王、今は直接鬼面導師殿を裁かれる権限はなし」
「……くっ、ぬかったわ。確かにそちの言うとおりぞ。余にその権限はなかったわ」
そう悔しそうに言った元魔王は、空気が抜けた風船みたいにしゅーっと辺見くんの姿に戻った。
鬼面導師さんの鬼哭があらためてこの場に響き、私たちはなんとも言えない気分になっていた。
あとがき
なんというか、生臭い話にw
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます