第2話 泉にまつわる昔話
元魔王の辺見くんは口を開きかけ、それから思い直してこう言った。
「このロニアルの泉は葬儀に使われるところゆえ、遠くから来る者用に宿がある。そこで夜を過ごさぬか?
そこでなら落ち着いて話せよう」
「はいはいはいはい!」
そうだよね、そんなところがあるなら、全てに最優先。
もちろん、私だけじゃない。ケイディからフランに至るまでの全員が賛成したよ。
「では、しばし歩こう」
「宿代はいるの?」
「そのくらいであれば、元魔王の身、なんとかなろう」
「おおっ、すげぇ」
武闘家が感動して声を上げた。そうだよね。ツケが利くとか、一見さんじゃないなんかの威力を持っているってことなんだろうから。
で、私たちは遺跡を出て、10分ほど元魔王について歩いた。私はもう、身体と髪が洗えるだろうってだけでうきうきだった。どーせごはんはまたケイディの出してくるMREで期待はできないけど、それでもお腹はぺこぺこだから美味しく食べられるだろうしね。
たどり着いた宿? ってのは、思いの外規模が大きかった。そして、魔界に来て、木造の建物を初めて見た。魔王城は石、スライムの家は草だったからね。で、たしかに、元魔王のツケは利いた。というより、請求書を魔王城に回しただけだけど。まぁ、現魔王が払わないって頑張ることもないだろうってことで、それはそれでよしだよね。
この辺りは水源地らしくて、普通の泉もあった。水は震え上がるほど冷たかったけど、髪まで洗えたので私は満足。橙香も満足。
最後まで水が冷たいと言っていた賢者に、「歳とったせいじゃない?」と言ったら、死ぬほど怒られた。やぁねぇ、冗談が通じないヒトは。
で、残念なのはベッドはないってこと。まぁ、しかたない。だって魔族は多様な身体を持っているから、ベッドに寝ない種族の方が多いんだもんね。それでも壁と天井があるだけいい。
で、MREの袋を温めて、元魔王の話を聞く態勢が整った。
「では、余が話す前に、フランよ、そちが知っているロニアルの泉の昔話を皆に話すのだ」
「わかりました、魔王様」
フランははきはきと答えると、MREの中のクラッカーを飲み込んで話しだした。
「昔々、あるところに魔法使いのおじいさんと弓の上手いおばあさんが住んでいました。おじいさんは他の魔族が入らないように毎日魔法結界で住み家を守り、おばあさんは弓で鳥を掴まえては食べものとしていました。
ところがある日、住み家の周りにある泉が枯れてしまったのです。おじいさんはとても困ってしまいました。なぜなら、泉の水の流れを伝ってくる魔族はいませんから、今までは家の周りの泉のない半分だけを守ればよかった。だけど今や、家の周りの全部を守らなくてはいけなくなったからです」
ふーん、魔族も昔話を持っているんだね。始まったときは、桃太郎か家具屋姫かと思ったよ。
「おじいさんは頑張りましたが、泉の水も身体の中の魔素も湧いてくることはありませんでした。魔素切れして魔法が使えなくなったおじいさんを見て、おばあさんは弓でおじいさんを助けようとしましたが、鳥と違って魔族は種は違っても同族です。さまざまに話しかけてくる同族には、どうしても矢を放つことができませんでした」
あのウォープリンみたいなのが大挙して押し寄せてきたら、おじいさんとおばあさん、怖くてしかたなかっただろうなぁ。
あとがき
あのね、勇者ちゃん。
「野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり」だからって、家具屋じゃないんだよ。
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