第五章 魔界での旅の日々

第1話 ロニアルの泉の謎


 私たちは再びブレーメンの音楽隊よろしく、自分たちの身体で櫓を組んだ。

 1日歩いて、戦闘もあって、最後にコレってのはちょっと悲しくなる。肩に元魔王の足が乗って……。私だって、恋人ができたら抱きかかえられたい。まさか、毎日の行程の終わりに、組体操みたいに上に乗っかられるんじゃ悲しすぎるよ。


 そんなことを考えている間に、私たちは再び200kmを超える距離を跳躍していた。なんかさぁ、こういうワープができる旅って、経験の濃度が濃いのか薄いのかわからないよね。

 でもって、がらんとした石の部屋から、再びがらんとした石の部屋に移動して、私はさらに悲しくなった。


「……どこの国に行っても、到着するのは没個性な空港だからね。いくらわくわくしていても、空港出るまではどこの国へ行っても同じなんだよねぇ」

 ぶつぶつと賢者がつぶやいている。

 私と同じような感慨を抱いているらしい。共感できていてうれしいよ。

 ともかくこの部屋から出て、本当に200kmという距離を跳躍したのか確かめたいよ。


 で……。

 ロニアルの泉って言ったよね、ここ。私、殺風景な石の部屋を出て、月並みな表現だけど幻想的な黒い森と泉の対比にちょっとうっとりしてしまった。

 なんてきれいなんだろ。

 薄く輝く水の流れ、黒い森のシルエット、苔むした古い石組み。どれをとってもきれい。写真に撮ったら、絶対バエる。

 まぁ、魔族の散骨がされている泉に近づく気はないけど。


「……ここで夜を明かすのは避けたい。泊まれるところはあるかな?」

 なんでよ、賢者? こんなにきれいなのに。泉まで近づかなきゃいいんだから、ここでいいじゃん。

「……勇者、アンタ、気がついてないの?

 日が沈んで暗くなってきているのに、なんでこんな森に囲まれた暗いはずの光景がよく見えるのか、と」

「えっ!?

 言われてみれば……。なんで?」

「暗い中でも、幽霊は見えるってのと同じじゃないの。ほんのりとはいえ、水が光るってのはおかしいでしょ?」

 ひえええええ。

 じ、冗談じゃないわっ。私、歯の根が合わないほどがくがく顎が震えだした。これだったら巨大ウォータープリンの方が怖くないっ。


「だが、一つ疑問なんだが……」

 なにを言い出す気よ、ケイディ?

「たしか、魔素は水に溶けて拡散してしまうから、水中に魔族はいないということだったんじゃないのか?

 跳躍前に聞いた、死者が話すということも納得がいかないんだが……」

 あっ、言われてみればそうだっ!

 浜辺で戦った巨大なウツボもどきだって、あれは魚で魔族じゃなかった。

 ウォータープリンは水気の多い身体ってことで、この問題に対しては矛盾しない。でも、この泉はおかしいよ。水そのものなんだから……。


「どういうこと、フラン?

 さっきずいぶんと知ったかぶりの態度を取ってくれていたよね。知っているんでしょ?」

「……ごめんなさい。知りません」

「ふふん。じゃあ、元魔王の辺見くん、説明よろしく」

 大人げないと言いたければ言え。私は、フランに仕返しができて、ちょっとうれしい。


「それは余にもわからぬ。

 余が生まれた時には、すでにこの泉は『そういうもの』だったのだ」

「……魔王のくせにわからないってどういうことよ?」

「魔王とて、全知ではないぞ」

「ひょっとして辺見くん、フランを庇っている?」

「そうではない。余は、真実を話している。

 昔物語に、辻褄合わせの話はある。だが、それが真実とは思えぬということだ」

 それって、どういうことよ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る