第14話 襲撃


 背中側で鋭い音が立て続けに響く。

 私、元魔王の辺見くんに引っ張られて走りながら、それでも振り返った。


 鎌首を待ち上げた大きなヘビだかウツボだかが、口からものすごい高速の水弾を撃ち出してる。それが、私の背中側の透明ななにかにぶつかって、大きく弾けている。その度に、鋭い音が響く。

 さっき、辺見くんに押し倒されて砂浜を転がったとき、舞い上がった砂はこれのせいだったんだ。


 その音の凄さから、これが直接背中にあたったら死ぬって、私、1000の言葉で説明されるよりよくわかってしまった。

 当たったら骨が砕けるかもしれない。骨が砕けなくても、筋肉は削ぎ落とされる。

 魔界、怖い。怖すぎる。怖い怖い。

 いきなり、「死」が目の前に立ちふさがってきた。こんな恐怖経験、今までしたことがない。


 目の前の低い丘の上に、ケイディとチタンの杖を振りかざしている賢者が見える。あそこまで走れれば、きっと助かる。助かるはずだ。

 だけど、私の足はもう言うことを聞かなかった。走ろうという意識はある。逃げなきゃとも思う。だけど、走るってどうやるんだっけ?

 なんで足を必死で動かしているのに、私は砂浜の上でイモムシみたいにごろごろしているの?

 地面を踏みしめようにも、感覚がない。

 辺見くん、どこ? 助けてよ!


 走れなくても、距離は稼がないとと、必死で腕を動かす。まるで砂浜でのクロールだ。だけど、努力は報われない。私の身体はちっとも前に進まない。


「腰を抜かすなんて、いいざまだな」

「そうよね。普段、ワガママばっかり言っているくせに、こういうときに役立たずだなんて」

 その声に必死で目を上げると、武闘家の宇尾くんと戦士の橙香が立っていた。

 宇尾くんはなにも持っていない。

 橙香は長巻を構えている。


 そこへまた、高速の水弾が降りそそいだ。

 宇尾くんは手の甲を敵に向けて、両腕の肘を合わせる。宇尾くんの前腕に当たった水弾は、水しぶきとなって私の上に降り注いだ。

 橙香は、長巻のチタンの柄と長巻の刃の横面で水弾を受け止める。ものすごい威力の水弾はずなのに、なぜか宇尾くんのように水しぶきが飛び散らない。そのまま下に落ちて、単なる海水となって砂に染み込んでいく。


 2人は強いんだ。このくらい、大丈夫なんだ。

 そう思って目を海に向けると、砂浜の上を巨大な……、ええい、ウミヘビってことにしておこう。私にはウツボとかウナギとかウミヘビとか、区別はつかないから。ってか、そもそもこの星の生物のことなんか知らないもん。

 ともかく、その長くててらてらと光るその生き物がのたくっていて、海中ほどのスピード感はぜんぜんないけど、私たちの方に近寄ってきている。

 橙香と宇尾くん、猛然とその生き物に向かって走り出した。


 私、それを見ながら絶望していた。

 ……ダメだ、こりゃ。

 橙香と宇尾くんがどれほど強くても、身体の大きさが違いすぎる。

 象に正拳突きなんかしたって、象は痛くも痒くもないどころか、殴られたという意識すら持たないに違いない。

 これじゃ無駄死にだ。


「勇者!

 戦士と武闘家が足止めする。聖剣タップファーカイトを抜いてっ!」

 賢者の声が再び響いた。

 そっか、聖剣タップファーカイトなら勝てる。まして、相手は魔族じゃない。単なる生き物だ。

 とたんに、私の下半身に感覚が戻ってきた。

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