第13話 波打ち際での抱擁
頭のところに転がっていたMREを拾い、再び海に向かって歩き出した私の肩に手が乗せられた。
振り返ってみたら、橙香だ。
「なによ?」
そう問う私の声がとげとげしくなるの、誰も責められないよね。魔法使ってまで人のこと転ばしたんだからさ。
「入る前に、よく見て。海を」
なんなの、その倒置法?
そんな疑問は感じたけれど、私、海をよくよく見てみた。
うーん、次から次へと波が打ち寄せていて、波打ち際ではざーっと音を立てて白い泡が沸き立っている。けっこう荒れているのか、波が大きい。
とはいえ、前に海水浴で行った、大洗の海と変わるところはないんだけどな。
ん?
私が違和感を感じたのは、視覚より聴覚だった。
打ち寄せる波の音の規則性、ときどきイレギュラーに乱される。まぁ、言うてそれほど一定のリズムでもないんだけどね。
だけど、明らかに不自然なリズムが混じるんだ。
ざーっ、ざーっ、ざーっ、ざーっ、ざーっ、って聞こえて来るはずなのに、 ざーっ、ざざざーっ、ざーっ、ざーっ、ざざざーっ、って感じ。
私、そのざざざーっ、って音の波に目を凝らしてみた。
波の高さの中に、黒くおっきくて長いなにかがものすごいスピードで泳いでいる。で、そのせいで波が崩れて音が乱れるんだ。
「なに、あれ?」
そう聞いた私の顔色、真っ白だったかもしれない。
「丘の上からだとよく見えたんだけどね。30mくらいあるウミヘビみたいななにか」
「30m!?
学校のプールより長いの!?」
「うん。阿梨が飲み込まれたらひとたまりもないと思って、とっさに賢者が足止めした」
「……マジかよ?
なんでこんなのが……」
私が呆然としていると、元魔王の声がした。
「言っておくが、あれは魔族ではないぞ。それこそ、モノホンのUMA(Unidentified Mysterious Animal)だ」
「ウミヘビの仲間なのかな?」
「わからない。獲ったことはないからな。そもそも魔族は、あまり海に近寄らない」
「リヴァイアサンとかシー・サーペントとかは魔族じゃないの?」
そのあたりの巨大長物な化け物は、魔族のはずだよね?
だけど元魔王、あっさりと私を論破した。
「そもそものそもそもだが、魔族が海に近寄らない理由として、水の中では魔素は存在しないということが挙げられる。水中に拡散し、流れ去ってしまうのだ。だから、水中では魔法も使えない。
リヴァイアサンとかシー・サーペントは、地球の海からの想像物だろう。この星の魔族ではない。
とはいえ、そのくらいの大きさの一般生物はいるぞ」
そか、シロナガスクジラみたないもんか。あれもなんかの悪い冗談みたいにデカいよね。
ただ1つ朗報なのは、この海の魚は魔族ではないってことだ。つまり、しゃべらないでいてくれるってこと。『助けてぇ、痛いよぅ、苦しいよぅ、食べないでぇ』とか言わない。それだけは救いだな。
私、もう少しよく見てみようと思って、波打ち際に近寄った。クジラなのか、ウミヘビなのか、ウツボなのか、見極めたいと思ったんだ。
だけど、いきなり元魔王の辺見くんに抱きつかれて押し倒された。ちょっとさ、大胆すぎない?
間近で辺見くんの整った顔を見て、私、身体が硬直した。動けないでいるところを、抱きかかえられたまま砂の上を二転三転。
その脇でなぜか砂が舞い上がり、私たちの上に降り掛かった。
次の瞬間、賢者の声が響いて、私は辺見くんに助け起こされた。
「シールド魔法が発動している今のうちに逃げるぞ」
「なに?
なんなの!?」
その問いに答えられることなく、私はほぼ抱えあげられるようにして砂浜の上を移動していた。
あとがき
これが抱擁と呼べるのであればw
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