第12話 魔界の海


 まぁ、いいや。

 考えてみたら、元魔王だって今の肉体は辺見くんだ。つまり、魔王のときの大好物が、今食べたら毒かもしれないんだ。それって、ちょっと可哀想だよね。


 ケイディがロボット犬の背中の荷物から取り出してくれたMREを持って、私たちは歩き始めた。訓練のときにコレ、1200kカロリーもあるって聞いているんだよね。太っちゃうよ。


 みんながそれぞれ付属のヒーターで料理を温め始めるのを横目で見ながら、私は歩き続ける。ケイディ以外は準備にもたもたしているけど、仕方ないよね。私は……、食べずに済ませてしまおう。ダイエットよ、ダイエット。


 川沿いを歩けたのは僅かな間で、すぐに砂漠の中を歩くことになった。道なんかないけど、障害物もない。ありがたいことに砂は固くて、足が沈み込むようなこともない。これはマジに助かる。一歩一歩足を取られていたら、疲れ切っちゃうからね。

 歩きやすいせいか、なんかみんなもりもり食べて食べ終わって、クラッカーを齧る音が聞こえてくる。もー、お行儀悪いなぁー。


 空は青く高く、日差しは強い。私、ふと不安になった。

「今日の行程は、ずっとこのまま? 

 また川とかあるの?

 水は汲める?」

 その確認をしとかなきゃ、安心して水も飲めない。これから暑くなったら地獄かもしれない。


 私の問いに、元魔王は横を向いて賢者に話しかけた。

「賢者は、脱塩魔法は使えるのか?」

「あれは水の浄化に比べたら、階梯が2つ上の魔法よね。使えはするけど、戦闘に支障をきたすわ。魔素の消費が多いからね」

 その返事を聞いて、元魔王は私に言う。


「水は節約した方がいい。これから海沿いを歩くが、真水は望み薄だ」

 ……そか。

 じゃあ、あまりかんかん強く照らないで欲しいわ、太陽さん。今くらいの気温が続いてくれれば、私も干物にはならなくて済むでしょ。



 道はなだらかに下り、私たちは予想外に距離を稼ぐことができた。1時間に5kmは歩けている。これ、ロボット犬に聞くと、踏破距離を答えてくれるんだ。だから、勘の数字じゃない。

 ここ、旅しやすいな。魔界なのに、人間に優しいなぁ。


 私がロボット犬と踏破距離のやり取りしていたら、賢者が教えてくれた。

「ここ、枯れた川の底よ。もう少し上流だと、石がごろごろして歩きにくかったでしょうね」

「だから、歩きやすいのかぁ」

 なるほど、道理でいい感じの下り坂なわけだ。道なき道のはずが、本当の道みたいなんだもん。


「このままぐーっと河床が回り込んでいるから、その先が海かもね」

 なるほど。

 このなだらかな低い丘を越えたら、海かぁ。言われてみれば、なんかニオイがする。潮風というにはちょっと違うけど、これが魔界の海のニオイなのかもしれない。


 私、川底から丘を登って突っ切った。早く海が見たいから、ショートカットしたんだ。みんな、しぶしぶ私のあとに続く。なによ、アンタらだって、海は見たいでしょっ。


 賢者の言葉は正しかった。丘を登りきった私の眼の前に、海が広がっていたんだ。

 私、思わず波打ち際に向かって走り出していた。海、嬉しいよね。海鮮丼と結びつかない海でも、水平線を見るだけで心が踊る。

 私、編上靴を脱ぎ捨てた。1日こんなの履いていたら、足が臭くなっちゃうよ。足が洗えるならとても嬉しい。


 裸足で走り出した私、たった数歩で思いっきり転んだ。足をとられたんだ。

「ナイスプレー、賢者」

 武闘家の宇尾くんの声。

 どういうことよ。私、魔法で転ばされたってこと!?

 ヒドくない!?

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