第11話 魔界の生態系


 できるだけ濡れないように滝をくぐり抜けようと思って、本流から脇の方へ行ってみたけど全然ダメ。で、なんかもうどうでもよくなって、どうせずぶ濡れになるならと割り切って、私、髪を洗っちゃったよ。昨夜もお風呂は入れなかったしね。寒くて冷たいけど、それでもきれいな方がいい。シャンプーとかないけど、水量の豊富さで強制的に汚れが剥ぎ取られた気がする。だってさ、油っけが抜けちゃったみたいで、髪ごわごわ。すごいね、滝。


 で……。

 ドライヤーの心配は不要だった。滝の裏から出たらすごくよく晴れていたから。しかも、川の流れの周りには木々が生い茂っていたけど、そこから離れたらもう砂漠みたいなもん。空気は乾ききっていて、私の大して長くない髪なんて一瞬で乾く。

 こんな乱暴なこと、今までしたことなかったんだけどね。


 で、お昼ごはん食べたいけど、落ち着いて座り込んで食べていたらこれからの30kmを歩く時間が不足する。真夜中も歩き続けるなんてイヤだもんね。なので、歩きながら食べることになった。でもさ、あまり美味しくないMRE(Meal, Ready-to-Eat)は食べたくないじゃない?

「これだけ木が生えていたら、食べられる植物とか動物とかいないかな?」

「あるし、いると思うよ。で、毒があるかどうか、誰で人体実験するの?」

 すかさず賢者に問い返されて、私、言葉を失った。


 昨日までなら、元魔王の辺見くんを人身御供に差し出せばいいと思っていた。でも、240kmも私たちをワープさせる実力を見せつけられちゃうと、あまりその身体で実験できないよね。明日もまた、元魔王の魔法でワープしなきゃなんだし。

 かといって、ケイディなんて無駄にまっちょだけど、毒にはあっさり死にそうな気がする。


 橙香は一応友だちだし、宇尾くんに振ったら一目散に逃げ出すだろうし、賢者の結城先生はいくらその役目を押し付けたって絶対口に運ばない。

 でも……。いいこと思いついた。

「毒抜きの魔法ってないの?」

「食品から毒を抜く魔法と、毒に侵された患者の身体から毒を消す治癒魔法とあるけど、でもねぇ……」

 渋る賢者の説明に私、食い下がった。


「じゃあ、美味しいもの食べたあとに治癒魔法かければいいんだよね?」

「よほどの例外がない限り、生物が生きにくい魔界では、植物は毒がなくてもとっても苦いか渋いかだよ。魔法で毒を抜いても味は変わらないからね。MREの方がまだ美味しいと思う」

 ちきしょー、植物はダメか。


「肉とか魚ならどうかな?

 川があるんだから、きっと魚だっているよ。武闘家なら泳ぐ魚を水中から蹴り上げることもできるだろうし……」

「……その魚に目が6つあったらどうする?」

「なんで、なんでそんなこと言うの?」

 マジわかんない。なんで賢者は、そんな食欲がなくなるようなことを言うんだろう?

 リアルに想像したら、二度と魚を食べられなくなりそう。


「だって、地球とは違う進化をしてきた生態系よ。どんな魚がいるかなんてわからないよ。目が2つの魚だとしても、その目が正面に縦についているかもしれないし」

 私、そういう姿の魚を想像して、げんなりとした。

 こんなのを食べて旅するんじゃ、罰ゲームよりひどい。


「しかもさ、掴まえた魚が魔族系の進化に入っている種類だったら、当然話すからな。『助けてぇ、痛いよぅ、苦しいよぅ、食べないでぇ』とか言うぞ」

 さらにイヤなことを想像させるわね、武闘家。

 ……命乞いする魚は、目の数以上にマジで嫌すぎるなぁ。

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