第10話 空間跳躍


 元魔王の魔法の術式詠唱は続いている。

 私の肩には、元魔王の足が乗っている。もう一方の足は戦士の橙香の肩だ。さすがに賢者は結城先生だからね、足蹴にできなかったんだろう。でもさ、重いから早く下ろして欲しい。


 で、さっきから生臭い臭いがしているのはなんなのだろう?

 魔族が爬虫類っぽいとしても、今の元魔王は辺見くんの身体だ。生臭い

ってのはおかしい。なんの臭いなんだろう?

 それとも私が知らないだけで、男子って生臭いのかな?

 

 そんなことを考え出した次の瞬間、私たちの髪が逆立った。これ、静電気だ。ぱちぱちと音がして、放電が始まる。視界のあちこちに、白いスパークが起きている。これ、怖い。

 私の足の下で、ロボット犬が小刻みに震えている。これ、ヤバいんじゃないだろうか?

 だって、コンピュータの塊でしょ、この子たち。


 目がつーんと痛い。気管がいがいがして、咳が出そうになる。

 私、目をつぶって息を殺して必死で耐える。ぱちぱちという音が迫力を増して、ばちばちという重い音に変わった。

 今、魔法陣の外にはみ出たら大怪我をする。その知識だけが私をここに引き止めていた。そうでなかったら、詠唱を続ける元魔王を叩き落として、一目散に逃げていたよ、絶対。


 息が苦しい。

 いつまでこの責め苦に耐えなきゃいけないんだろうって思った瞬間、瞑った目でも周囲が明るくなったのがわかった。そして、激しい水音。

 私、恐る恐る目を開けた。同時に、元魔王が私と戦士の肩から飛び降りる。


「ここ、どこ?」

「魔王城の西、およそ240km地点。とりあえず初めてだから、こんなもんだろう」

 元魔王の返答に、私はびっくりを通り越して、怪しさを感じた。


「本当に?

 なんか、私たちを騙しているんじゃないの?」

「そう思うなら、滝を潜って外を見ろ」

 そう言われて私、初めて周りを見回す余裕ができた。

 ここ、魔法陣はやっぱり天井に描かれている。で、それが正しいと言わざるをえない。だって、一方の壁は滝よ、滝。ここは滝の裏側。だから、床に水がいつでも流れている。こんなところに魔法陣描いたら、あっという間に風化してしまいそう。


「ここって、安全なの?」

「川が増水しても、ここが水に満たされることはない。また、滝を越えて怪しげなものが入り込むこともない。飛沫は防げないから、乾くことがないのも事実だが……」

「そか。安心した。

 ついでに、非常食とか置いてないの?」

「昼食か?

 ここにはなにも置けない。水浸しになるからな」

 そか。残念。


 ロボット犬たち、目の色が黄色になって座り込んでいる。

 再起動しているんだ。やっぱり、さっきの放電はヤバかったみたい。でもって、その身体は滝の飛沫でじんわりと濡れていってる。


「じゃ元魔王、辺見くんのその身体に魔素が貯まるまでここに1日いるの?」

「質問攻めだな、勇者。

 ここに居続けてもいいが、30km先に別の魔方陣がある。そこを目指して歩くべきという気がするがな。ザフロスの渓谷までの距離を少しでも詰めておきたいし、周囲の偵察にもなる。

 どこかで必ず深奥の魔界の魔族と会うことになる。それがどこかが重要だ。そして、その魔族が偵察役なのか、正規軍兵士なのかでも状況は変わるだろう」

「もうお昼じゃん。30km分、8時間歩いたら夜中になっちゃう」

 私の返事、抗議のつもりだった。だけど、返事は元魔王ではなく、ケイディから来た。


「遊びではないからな。疲労を溜めないことも大切だが、それはもっと先での話でいいだろう。では、水を汲んでおけ」

 アンタら、鬼か?

 私ら、か弱いJKなんですけど?



あとがき

容赦なく人を追い立てるケイディなのですw

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